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2006年05月26日

実務家に求められる10の能力
7.誠実さ

こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。

以前、実務家に求められる10の能力として「統合力」 「判断力」 「文章力を伴ったコミュニケーション能力」 「マーケティングに関する知識」 「フレキシブルで明るくオープンなマインド」 「クリエイティビティ」を紹介しました。今回は、他者との良好な関係を構築する上でのベースとなる「誠実さ」についてお話したいと思います。

経営に関わる重要な役割を担う広報担当者やパブリック・リレーションズの実務家が効果的なアドバイスを行ううえで、相手との良好な信頼関係の維持は欠かせません。その素地となるのが「誠実さ」です。誠実さは、相手に信頼と安心感を与え、問題が発生した場合でもよりスムースな解決が可能となり、構築したプログラムを成功に導く、いわば潤滑油のような働きをします。そして誠実さは、真のリーダーとしての正当性をも担保するものです。

■誠実さは日本の誇れる美徳
誠実さは偽善や不正、高慢、嫉妬、利己心などとは対極に位置します。国際社会にあって、日本人は一般的に誠実さを持っているといわれています。武士道精神からきているのでしょうか、他の国の人々と比べて約束ごとや決めごとを守ることにより忠実であったり、阪神大震災のときの神戸市民のとった行動のように、自分と同じ境遇にある人への思いやりの精神は賞賛を浴びるほどのものがあります。昨年の米メリーランド大と英BBC放送との共同世論調査で、日本が「世界に最も良い影響与えている国」の第1位にランクされたのも頷けることです。

誠実さがその行動によって積み重ねられると、その人への絶対的な信頼につながっていきます。それゆえ、日常生活において誠実であることは、その人が信頼に値する人間であることを意味し、その品格をも高めることになります。

こうしてみると、誠実さには単なる言葉だけではなく実行が伴うことが明確になってきます。自己啓発書のクラシックともいえるスティーブン・コヴィー著『7つの習慣』(キング・ベアー出版 1996年)のなかで「誠実さ」とは、「約束を守り、期待に応えること」であるとし言行一致の重要性を説いています。表面的なとりつくろいで実行が伴わない姿勢は、耐震強度偽装事件に登場する一連の経営者の言動にも容易に見られます。

そしてこの誠実さをバインドするものが倫理観といえます。誠実さを保つためには、倫理観と日々感謝する前向きな心をもつことが大切です。それにより自らを信頼する心が生まれ、個の自立を促します。

■実務家にとっての誠実さとは
一方、パブリック・リレーションズの実務家にとって必要とされる誠実さとは、自分の言動に責任を持ち、所属する組織やクライアントとそれらを取り巻くパブリックのインター・メディエータとして目標達成へと努力する態度です。また、目標の実現が不可能となった場合や誤りがあった場合、すばやくプランの修正をおこない真摯に対処する態度にも誠実さを見ることができます。

誠実さのあるところには信頼関係が生まれ、それによって相手が心を開いてくれます。相手が心を開くことにより、双方向な関係性のなかで、相手の考えや相手に関するより多くの情報を得ることができます。このことにより不測の事態が起きたときなどは、より多くの情報に基づいた最善の対応を可能にします。良好な信頼関係は、上司やクライアントに対してより正確なアドバイスの提供を可能とし、良い結果をもたらすことになります。

これまで内外の多くのビジネスマンと接したなかで感ずることは、誠実な態度を身に付けている人は、自分の弱さを克服し強い自己を確立しているということです。それが勇気を育み、環境に左右されず主体的に生きることを可能にしていると思うのです。そして強さからくる心のゆとりは、物事を俯瞰して相手の視点に立って考える思いやりを育てます。 

これらの要素はパブリック・リレーションズの実務家にとって、問題を管理し大事を未然に防ぐためのカウンセリングにおいて極めて重要なものとなります。相手の誤りを発見したとき、相手の反論や批判を恐れていては真に必要とされるアドバイスをおこなうことはできません。しかしそこに誠実な態度が存在していなければ、相手に受け入れてもらうことはできないのです。

一方、日常の業務のなかで不誠実な態度をとってしまうのは、自分の弱さを克服できないことに起因しているものといえます。「(その場で)いい顔をしたい」「嫌われたくない」との思いが先にたち、八方美人になってしまったり、勇気がなく言い出せないまま状況に流されてしまい、結果として相手に迷惑をかけたり問題を誘引してしまいます。

誠実さを身に着けるには、まず自分に誠実に生きなければなりません。自分に対する信頼を積み上げていけば、自然と自信がついてきます。また倫理観をベースにして行動することは自分に確固たる自我を形成するとともに、相手の利益を配慮しながら正しい道を選択する規範を得ることにもなるのです。

昨今の企業不祥事に見られるように、たとえ長い時間をかけて信頼関係を築いてきても、ひとたび過ちを犯した場合、対応次第ではその全てを一瞬にして失ってしまうこともあります。このような時にこそ、誠実さの真価が問われるといえます。誤りを素直に受け入れて心から謝罪し、速やかに自己修正することで真の誠実さを示し、逆境をも飛躍のチャンスとして活かすことが可能となるのです。

このように誠実さは、個人や組織体にとって、時には正しい方向を示し、時には成長の糧となり、計り知れない価値をもたらします。したがって広報担当者やパブリック・リレーションズの実務家は自らが誠実さを持って行動することはもちろんのこと、所属する組織体や担当するクライアントのなかにも、誠実さを醸成していく大きな役割を担っていることを肝に銘じて日々行動しなければなりません。




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投稿者 Inoue: 18:16 | トラックバック

2006年05月19日

パブリック・リレーションズの巨星たち 4
リンドバーグの演出家ハリー・ブルーノ

こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか?

5月20日、チャールズ・リンドバーグによる人類初の単独無着陸大西洋横断飛行の達成からちょうど80年を迎えます。今回は「パブリック・リレーションズの巨星たち」第4弾として、リンドバーグのカウンセラーを務め世紀のヒーロー誕生に一役買ったハリー・ブルーノ(Harry Bruno, 1893-1978)を紹介します。少年の頃から空を飛ぶことを愛したブルーノは米国航空業界に多大な貢献を果たしただけではなく、パブリック・リレーションズの黎明期からその発展にも大きく寄与した実務家です。

1893年2月7日ハリー・ブルーノは、ヘンリー・ブルーノとアニー・ブルーノの長男としてロンドンで産声を上げました。1905年父親が渡米し、ニューヨークで海上保険のオフィスを立ち上げると、その2年後に父ヘンリーは家族を米国に呼び、ニュージャージー州モンクレアに移り住みました。

1903年12月17日ライト兄弟による人類初の有人動力飛行の成功に全米が沸き立つなか、ブルーノは盛んに報じられる動力飛行に魅了され、高校を中退。ニューヨークのウォール・ストリートで使い走りのアルバイトをしながら友人のバーニー・マホンと単葉飛行機作りに励みました。

1910年のクリスマス・イヴには操縦者として自らデザインしたグライダーに乗り込み、265ヤードの飛行を達成。このとき事前に飛行計画を新聞社に送付したことが功を奏し、「少年、グライダーで飛行成功!」とニューヨーク州とニュージャージー州の新聞紙面を賑しました。その注目度は非常に高く、その後、飛行機用エンジンの調達資金獲得のための募金活動が展開されたほどです。このときブルーノはパブリシティのもつ絶大な効果を実感しました。

しかし、1915年5月7日ブルーノ家を悲劇が襲います。両親を乗せたロンドン行きの客船、ルシタニア号がドイツ軍に撃沈されたのです。1917年4月米国による第一次世界大戦への参戦と同時に、ブルーノは空軍に入隊志願しました。

第一次大戦後、ブルーノは航空機製造者協会でパブリシティのアシスタント・ディレクターの職を得て、上司でディレクターのハワード・ミンゴの下でパブリシティの基本を学びます。

そして、大戦後10分の1の規模にまで落ち込んだ航空産業存続のため、航空ショーや大陸横断飛行レースの開催など全米で数多くのキャンペーンを展開。人々に飛行の重要性と安全性への理解を深めるために奔走しました。

1923年友人の紹介でオランダの航空機製造会社フォッカー社のアンソニー・フォッカーと契約を結びます。これを機に、ブルーノは親友のブライスと共同でH.A. Bruno and R.R. Blyth and Associates.をニューヨークで設立。25年に始まったフォード社主催のFord Air Reliability Tourと呼ばれる航空産業の展示会ではフォッカー社のパブリシティを担当しました。

やがて1927年、ブルーノはクライアントの紹介でチャールズ・リンドバーグと運命の出会いをします。1925年、郵便パイロットとしてシカゴ=セントルイス間の最初の飛行をおこなったリンドバーグは、25,000ドルの賞金を賭けたニューヨーク=パリ間の大西洋横断飛行にエントリーしました。しかし彼がニューヨーク=サンディエゴ間の記録保持者でもあったので、飛行前からメディアからの取材が殺到しその対応に窮していました。

とまどうリンドバーグにブライスが付き添う一方、ブルーノはメディアの窓口役を全ておこない公私両面からサポート。またリンドバーグの精神的負担を軽減するため、ニューヨーク・タイムズと125,000ドルで取材の独占契約を結びました。

27年5月20日、いよいよ大西洋横断飛行の日。ブルーノは「雨模様の早朝5時、リンドバーグの傍らで神に祈らずには居られなかった。…..神にすがる思いで見守るなかセントルイス号が空に飛び立ったとき、ヤッターと叫んでしまった。」とその興奮の瞬間を回想しています。ルーズベルト飛行場を出発した機体は翌日パリを一周してル・ブールジュ飛行場に無事に到着。リンドバーグは一躍アメリカで英雄となりました。

このアメリカン・ヒーロー誕生の瞬間は、ブルーノが単なるパブリシティ担当からクライアントを取り巻く全てのパブリックへの対応をおこなうパブリックリレーションズ・カウンセラーへと成長を遂げた瞬間でもありました。そしてこの大西洋横断飛行の成功は、ブルーノの念願であった、「空の旅は安全であること」を証明すると共に、彼のオフィスへの信用度を高める結果ともなったのです。

1930年代のブルーノは、実務家としての職業倫理の徹底や質の向上のためにPR協会の設立に深く関わりました。そしてNational Association of Public Relations Counsel (NAPRC)の理事を3期にわたって務め、パブリック・リレーションズの発展のために積極的に活動しました。彼の世間での評価は高く、1942年11月、雑誌Coronetはブルーノをエドワード・バーネイズと共に米国のパブリシスト・トップ6としてランクインさせています。

第二次世界大戦後の1954年、1934年に病気で引退したブライスのあとのH.A. Bruno and R.R. Blyth and Associates.を法人化しH. A. Bruno & Associates Inc.と改名。パブリック・リレーションズのオフィスとして、ジャーナリズム経験者やPRの実務経験のあるスタッフと共に、株主や消費者そして政府など、組織を取り巻く全てのパブリックに対応する本格的な体制を整えました。

その後1969年ブルーノは、同社をラルフ・イアヌッチに譲り引退。イアヌッチは社名をH. A. Bruno Inc.に改名。90年にはBlenheim Exhibitions PLCと合併。その名をBruno-Blenheimとしました。トレードショーのマネジメント会社との合併を機にマネジメント業に特化。パブリック・リレーションズの世界からブルーノの社名は姿を消すこととなりました。

1978年3月21日、ハリー・ブルーノは航空に捧げた生涯を終え、85歳でこの世を去りました。大空への飛行に魅了された少年ハリー・ブルーノの人生は、常に航空産業そしてその発展を支えたパイオニア達と共にありました。私生活ではポーランド系のスター、ナディア・ソスノーシュカと結婚し、明るく社交的で人間味あふれるブルーノは晩年まで多くの友人に囲まれて生活したようです。

22年米国横断飛行した飛行家ジェームズ・ドゥーリトルは後に彼らの功績を称えて「ブルーノとブライスは、航空とその潜在的な力を理解した上で、その魅力を人々に正しく伝えた最初の人物である」と賛辞を送ったといわれています。

投稿者 Inoue: 19:06 | トラックバック

2006年05月12日

実務家に求められる10の能力 6.クリエイティビティ

こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。

以前、実務家に求められる10の能力として「統合力」 「判断力」 「文章力を伴ったコミュニケーション能力」 「マーケティングに関する知識」 「フレキシブルで明るくオープンなマインド」を紹介しました。今回はパブリック・リレーションズにダイナミズムを生み出すクリエイティビティ(創造力)についてお話します。

クリエイティビティは既存の概念にとらわれずに新しいアイディアを創り出す能力です。またクリエイティビティは、物事を肯定的にとらえ、積極的な戦略性をもった新しい試みや問題解決への真摯な姿勢を促し、人を感動させる能力を引き出します。

パブリック・リレーションズに必要なクリエイティビティとは、個人や組織体が掲げた目標を達成するために、独創的な手法や戦略、実施プラン、そして時代の求める新しい概念などを創出する力であるといえます。

クリエイティビティは自由で柔軟性のある環境で発揮され、解決策の具体的な選択肢を増やし目標達成へのスピードを加速させます。またプログラム実施の過程で変更の必要性が生じた場合でも適切に自己修正することのできるフレキシブルな環境をも創り出します。

私が20代前半この世界に入ったばかりの頃、「クリエイティビティは独創的なものなので、企画は一人で考えるもの」と勘違いして、誰にも相談せずにプランニングしていたことがありました。

クリエイティビティを育てるには、多くの人と会い、さまざまな体験をして知識や経験のストックを積み上げていくことです。経験も知識も浅い若いうちは必要な知識を有する専門家などの助けを素直に借りること。そしてさまざまな人と意見交換することです。多角的な視点をもった双方向コミュニケーションからは思いもよらない斬新なアイディアが生まれるものです。

■ヴォルテールの独創性とは
また、独創的なアイディアを生み出す源泉として模倣があります。18世紀のフランスの作家・啓蒙思想家ヴォルテールは「独創性とは、思慮深い模倣以外の何ものでもない」と「格言集」の中で述べていますが、本物を厳選して真似していくことで独創性は育ちます。

このヴォルテールのことばは、学生時代に音楽クラブでヴァイブをやっていた頃、先輩が「ジャズ・ギターのプレーヤーが同じギター・プレーヤーのアドリブをコピーすればそれは単なるコピーにすぎないが、特性の違う他の楽器、つまりピアノやサキソフォン・プレーヤーからのコピーはコピーでなくなる」と他楽器からのコピーを奨励していた話に、どこか通じるものを感じます。

ブレーン・ストーミングを開発したアレックス・オズボーンは、創造的な問題解決の手法の基本項目として、「他用途への適用(Other Use)、適合(Adapt)、修正(Modify)、拡大(Magnify)、縮小(Minify)、代用(Substitute)、並べ替え(Rearrange)、反転(Reverse)、結合(Combine)」を挙げています。ひとつの事柄をこの9つの項目に当てはめて考えてみることで多角的な視点を育てる良い訓練になるかもしれません。

■スティーブ・ジョブズの富士山
創造力を刺激して開花させるには、いつも心を自由にして夢をもつことが大切です。そして常に希望と夢の追求に対する情熱を持つことです。80年代前半アップル社の創始者スティーブ・ジョブズが来日する際、当時日本法人社長の福島さんから、「アップルならではの面白い企画が考えられないだろうか」と相談を受けました。スタッフといろいろな企画を考えましたが、ジョブズをよく知る福島さんはなかなか首を縦に振りません。考えあぐねていると、おもむろに「井之上さん、ジョブズという男は山頂に雪をかぶった富士山をピンク色に染めかねない男ですよ」と度肝を抜かされたことがあります。

福島さんによるジョブズについてのスケール・アウトした描写が意味するものは、独創的な創造力は、自由で夢のある発想と情熱、そして肯定的かつ不屈の精神で、一見不可能だと思える事柄をも実現させてしまうということだったのです。

クリエイティビティはいつも大きなプロジェクトを対象に考えられるべきものではありません。小さなプロジェクトでもその成功には同じ原理が働いていることに心を留めるべきです。クリエイティビティを働かせるには常に目的意識を持つことが重要となり、どんなに素晴らしく斬新なアイディアであっても、掲げた目標の達成に資するものでなければ常に結果が求められるパブリック・リレーションズの実務家としては失格です。

我々パブリック・リレーションズの実務家には、目標達成を実現するために、どのように状況が行き詰まっても最後まで諦めてはいけません。自分だけの力に頼ることなく、持てる知識や知恵を最大限活かし、双方向性をベースに的確な状況判断をおこない、創意工夫による独創的アプローチと戦略を見出すことがプロとして求められている姿なのです。

投稿者 Inoue: 20:07 | トラックバック

2006年05月05日

早稲田大学で新学期がスタート
?メディアから二人の講師を迎えて

こんにちは。井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか?今日は5月5日、端午の節句です。田園の陽光のもとで輝き泳ぐ、こいのぼりを見て、子供の頃を懐かしく想い出しました。

さて4月から早稲田大学での学際授業、「パブリック・リレーションズ特論」と、大学院ではMBAのクラスが始まりました。今年私が担当する3つの講座の2つのクラスは少人数のゼミ形式の授業です。

今年で2年目となる大学院商学研究科MBAコースでは、社会人の院生にパブリック・リレーションズの基本的な知識と、ケース・スタディを中心にした授業を進めています。大学生と違い、社会経験も豊富で目的意識が明確なこともあり、別の意味で教えがいのある生徒さんたちです。これからよろしくお願いします。

■朝日新聞の矢田Be副編集長
先春早稲田大学で新しく始まった、「パブリック・リレーションズ特論」は、実践に重点をおいた授業ですが、限られた授業時間のなかでパブリック・リレーションズ(PR)のコア・コンピタンス(中核競争力)であるメディア・リレーションズを中心に授業内容が組み立てられています。そこで先週、NHKと朝日新聞からお二人の講師をお招きし、メディアの特性と役割について語っていただきました。

朝日新聞からは、昨年に引き続き長年経済記者をしておられた、前AERA副編集長で現在同新聞の週末版Beの副編集長として活躍されている矢田義一さんのご協力を得ました。日刊紙や雑誌について、情報発信側である広報担当者との立場の違いを踏まえながら、実際の出版物を手にし、その違いや特長などきめ細かな解説をしていただきました。

■NHKの高木ディレクター
またテレビ界からは、NHK放送局報道部のディレクターであり、「戦争広告代理店」(講談社)の著者である高木徹さんをお迎えしました。驚いたことに、「戦争広告代理店」は特論の受講者の半数以上が読んでおり、PRに興味を持つきっかけを作ってくれた本だったようです。今年は学生の強い要望もあり高木講師が実現しました。高木さんとは6年前、ボスニア戦争をテーマにしたNHKのドキュメンタリー番組の担当ディレクター時代に初めてお目にかかってからのお付き合いで、パブリック・リレーションズの普及に多大な貢献をしていただいている方です。

お二人の、第一線で活躍するジャーナリストの講義はとても刺激的で、90分の授業が瞬く間に過ぎてしまいました。授業後の質疑応答も盛んで、すでに幾つかのメディアに就職活動で内定をもらっている学生も加わり熱気に満ちたものとなりました。超多忙な中お越しいただいた矢田さん、高木さん、本当にありがとうございました。次回の授業も楽しみにしています。

今回嬉しかったことは、2年前に概論を受講した2名の一期生が海外留学から帰国し、聴講生として元気な姿を見せてくれたことです。二人に再会できとても幸せに感じました。この授業を受けた人たちが、社会でパブリック・リレーションズを実践し、それぞれの人生に活かしていくことができるよう心より願っています。





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『パブリック・リレーションズ?最短距離で目標を達成する戦略広報』(日本評論社、税込2520円)好評発売中!

「人」「モノ」「金」「情報」のすべてを統合する「第5の経営資源」

これまで長年にわたって誤解されてきた「PR」を「パブリック・リレーションズ」として正しく捉えなおすことにより、パブリック・リレーションズの本質とダイナミズムを分かりやすく解説している。広報の実務に携わる人はもちろん、経営者から学生まで幅広い人たちが戦略的広報を理解することのできる待望の入門書。


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投稿者 Inoue: 10:23 | トラックバック