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2019年02月21日

『財界:シリーズ母の教え』より
〜ライフワークのパブリック・リレーションズに繋がった

皆さんお元気ですか、井之上喬です。

寒暖の差が激しく健康管理がとても難しい時期ですね。2月に入って2日は東京の最低温度は0.5度で最高温度は3.8度と厳しい冷え込みでした。そのわずか4日後の6日には最低温度3.3度で最高温度は15.7度と4月上旬並みの暖かさでした。

私は夏が好きで寒さは苦手です。皆さん健康管理にはご留意ください。

今回はインフルエンザにも罹らず、今でも現役でビジネス分野や教育分野で日々を忙しく過ごしていますが、いまさらながら丈夫な体に生み、育ててくれた両親に感謝せずにはいられません。

先日、『財界』編集部の北川記者から「シリーズ母の教え」のインタビューを受け、2/12号に3ページにわたる記事が掲載されました。今回はこの『財界』記事をベースにお話したいと思います。

■母親は偉大な存在
この「シリーズ母の教え」は「人は3歳までに人格が形成されると言われる。その間に一番接しているのは母親。慈愛の心、人としての生き方、仕事への厳し参加・・・。とくに子に対して深い愛情を注ぐ母親は偉大な存在だ。・・・経営トップは母の生きざまから何を学んだのか。それを通じて現在の家庭教育のあるべき姿を考える。」といった趣意でシリーズとして企画されたものです。

写真をクリックすると本文(PDF3.1Mb)を読むことができます。


「放任主義ながらも『全力を尽くしなさい』という母の言葉はわたしの生き方の基盤になっています」のタイトルから始まります。

私は、1944年(昭和19年)に旧満州国大連市で生まれました。官僚の父、井之上理吉(1903年生れ)と気丈な母、ツルヱ(以下順子:1908年生れ)の間に7人兄弟(男4人、女3人)がおり私は6番目の子として誕生しました。

1947年(昭和22年)、家族は日本へ引揚げ、ひとまず母の実家のある瀬戸内海の広島県因島の真向かいの弓削島(愛媛県)に身を寄せました。

小学校時代、5年間に5回の転向を経験した私は、幼くして「異文化コミュニケーション」を経験したことになります。

中学生の時は野球に没頭しましたが3年の春に病気で野球を辞めざるを得ませんでした。高校時代は水泳を始め、インターハイ関東大会に出場しました。

オリンピック選手を目指して高校2年から早大稲泳会に通いはじめました。ところがコーチに当時流行っていた米国流のクロール泳法に改造され、記録が伸びなくなりました。こうした悩みを抱え受験勉強との両立に焦り体調を崩して、結局、水泳を諦めることになりました。

今回のインタビューを通して、こうした挫折も人生の糧にできたのは、母の教えがあってこそだと改めて実感させられています。

■人は3歳までに人格が形成される
放任主義の両親のおかげで、学生時代、やりたいことに全力投球することができました。

幼くして「異文化コミュニケーション」を経験したこと、何の束縛もなくやりたいことを全力投球できた学生時代などが、パブリック・リレーションズ(PR)を私のライフワークとして取り組むきっかけになったのだと思います。

私は、2004年に早稲田大学でグローバル社会における次世代のリーダー育成を目的に教鞭を執って以来、京都大学経営管理大学院国際教養大学などパブリック・リレーションズ講座の導入を図り、他大学へも拡大させています。

こうした経験を通してパブリック・リレーションズを身につけるには、大学や大学院からでは間に合わない。この「シリーズ母の教え」の趣意にもあるように「人は3歳までに人格が形成される」と言われます。従ってこの時期から幼児教育を始めるのが望ましいことだと考えています。

昨年は、幼児がパブリック・リレーションズのエッセンスを分かりやく学ぶことのできるきずな(絆)絵本シリーズ第1弾『なかなおり』を制作・発表いたしました( https://kizuna-ehon.com )。

今春には中高等教育向けの教材(テキストと指導マニュアル)『パブリック・リレーションズfor School』を全く新たなコンセプトで開発、発売します。すでにいくつかの教育機関で実証研究を行う運びとなっています。

今回、母について語る機会をもてたのは私にとって望外の喜びです。また父、理吉については私のブログ(2013年5月20日)で紹介しています。

成長した子供や孫を持つよう年になると、両親への意識が疎遠になりがちですが、今回の取材を通して、父や母との強い絆を感じることができました。

投稿者 Inoue: 11:22

2019年02月01日

人類に警鐘を鳴らす「2つの時計」その2
〜「世界終末時計」残り2分、過去最短に

皆さんこんにちは、井之上喬です。

周知の通り先日のテニス・全豪オープ女子シングルス決勝では、大坂なおみさんがペトラ・クビトバ(チェコ)と対戦、フルセットで優勝し世界ランクを1位としました。

アラブ首長国連邦(UAE)で催されている「サッカーAFCアジアカップ2019」でも森保ジャパンは決勝に進み2月1日、カタールと優勝を争います。

スポーツに熱中する私たちにとって、平和のありがたさを意識することはほとんどありませんが、世界が不安定な方向へ進みつつあるいまこそ、平和の意味についてしっかり考えていきたいと思います。

今回は、そんな平和を脅かす2つの時計について紹介します。タイトルは、私の2012年11月5日のブログと同じタイトル(人類に警鐘を鳴らす「2つの時計」)ですが、本号は「その2」として紹介します。このテーマは人類存続にかかわる重大な指標でもあり、今後も機会をみて紹介していきます。

■要因は朝鮮半島での核戦争の危機増大
アメリカの科学雑誌『Bulletin of the Atomic Scientists』は先月25日、地球最後の日までの残り時間を概念的に示す「世界終末時計」(Doomsday clock)を前年から30秒進め、残り2分としたと発表。

北朝鮮の核・ミサイル開発により朝鮮半島での核戦争の危機が増したためとしています。冷戦期で核戦争の脅威が高まった1953年の残り2分と並び、過去最短となったとのこと。

時計の時刻の設定は、過去1年の出来事を踏まえて「ノーベル賞受賞者を含めた科学者」の協議に委ねられているそうです。前回発表の17年1月には気候変動問題や核兵器の不拡散に後ろ向きなトランプ氏の大統領就任で時計は30秒進み、残り2分半となっていました。

「世界終末時計」は、人類の滅亡(終末)を午前零時に設定し、その終末までの残り時間を「零時まであと何分」という形で象徴的に示す時計です。核戦争の危機を訴え1947年に初めて登場。米ソ冷戦の終結を迎えて、90年4月には針を4分戻し、終末 (午前零時)の10分前とされました。

時計の針が動かされたのは、初回から数えて今回で13回目。このうち針を戻したのは6回あるそうですが、米ソの対立が激化した84年には破滅3分前に迫ったとのこと。しかし、87年の米ソ首脳会談で6分前に戻されています。

なお、89年 10月号からは、環境問題も時刻の基準に加えられるようになりました。続いてもう一つの時計、「環境危機時計」の近況をお伝えします。

■環境危機時計、14分進み過去最悪の9時47分
「環境危機時計」(the Environmental Doomsday Clock)は、地球環境の悪化による人類存続への危機感を時計の針で示すものです。

現在は、過去最悪の9時47分。09年から3年連続で戻っていた「環境危機時計」)の時刻が、再び進み始め、昨年の9時33分から14分進んだことになります。

これはトランプ米大統領が一昨年就任し、地球温暖化対策の「パリ協定」からの離脱を表明するなど、米国の環境政策の大幅な後退が鮮明になっていることが要因とみられています。

「2つの時計」を進めた要因にトランプ米大統領の名前が挙げられていますが、このように個人が名指しされたのはおそらく初めてのことではないかと思います。

私たちパブリック・リレーションズ(PR)の実務家は、人類存続の危機にかかわるこれら「2つの時計」が世界に伝えようとしているメッセージについて、各国政府機関やNPO、企業などの認識をもっともっと高めていく努力が必要だと、いまさらながらに強く感じています。

スポーツ鑑賞の合間に、平和の尊さと人類が平和を如何に維持していくべきかそんな考えが一瞬頭をよぎりました。

投稿者 Inoue: 15:56