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2011年12月26日

ナレオ三田義昭さんの想い出
?クリスマスに、その生と死

皆さんこんにちは井之上喬です。

先週から今週にかけて街はクリスマスでにぎわいました。イエス・キリストの降誕を祝うクリスマスでは、2000年以上にわたってキリスト教徒だけではなく世界の多くの人たちがこのスーパースターの誕生を祝います。

ちなみに日本ではクリスマスは12月25日のキリスト降誕の日で終わると考えられていますが、日本以外の多くの国では12月25日に始まり1月初旬のキリストが始めて公の場に姿を現した「主の公現」(移動主日なので今回は1月8日)までの期間を「降誕節」として祝っています。

今日は先日亡くなった、私の学生時代の先輩でもある一人のキリスト者のお話をしたいと思います。その人の名前は三田義昭さん。三田さんのその生と死について皆さんと共に考えたいと思います。

余命あと1?2ヶ月といわれ、成人T細胞性白血病(ATL)を1年半近く生きた三田義昭さん。私は三田さんのような死を恐れず、最後まで自然体で生き抜いた人を他に知りません。

三田さんは昨年9月に恒例のナレオ稲門会主催のハワイツアーの滞在先で体調不良を訴え、帰国後の10月はじめ医師の診断で突然自分の病を知り、「余命1?2ヶ月」と宣告されます。

■学生時代はナレオで活躍
三田さんは、私が学生時代に所属していたハワイアンバンドの「早稲田大学ナレオハワイアンズ」(以下ナレオ)の先輩で、私が大学1年のときのレギュラー・バンドのスチール・ギター奏者でした。

1942年7月13日旧満州の奉天で生まれた三田さんは、終戦とともに日本に引き上げ、静岡県の三島市で高校まで過ごしました。

卒業後上京し早稲田大学に入学。当時学生バンドとして一世を風靡していたナレオに入部し4年生のときにスチール・ギターでレギュラー・ポジションを獲得します。

三田さんとの想い出は尽きることがありません。学生時代からよき先輩として、おおらかで後輩の話をよく聞き、面倒見のいい人でした。また卒業後、後に社長を務める旅行会社ジャパングレーラインに就職してからも我々現役バンドのためにテレビやラジオ出演のチャンスを作ってくれたり、その後もナレオOB会や稲門会の行事などの世話人としてもよく面倒を見てくれました。

人間関係を大切にした三田さんからは早稲田大学の政治経済学部の同級生で親友の中西啓介(故人:元防衛庁長官)さんを紹介され、中西さんが困ったときの相談相手役を危機管理を扱う私に持ちかけるなど、いつも人のために役立つことを喜びとする人でした。

三田さんは、パブリック・リレーションズ(PR)の良き理解者でもありました。私の会社(井之上PR)が国際的な賞を受賞したときなども、まるで我がことのように喜んでくれました。

三田さんの急性白血病は、母親の母乳からウイルス感染する原因不明の難病。発症率は3?5%といわれ一度発症すると、骨髄移植が難しい高齢者にはほとんど死を意味する病気とされています。

■再び信仰に戻り
癌の宣告を受けた当初は病院に入院するものの数週間もしないうちに自らの意思で抗癌治療を止め、その後転院した東大医科学研究所付属病院(白金)での通院による自宅療養の道を選びます。

翌11月にはナレオOB会主催で「三田義昭君を励ます会」が多数の仲間の出席のもと都内で開かれました。そのときに「自分の命はあと1?2ヶ月」と告白。何も知らされないで出席した人たちを仰天させます。

挨拶に立った三田さんは、これまでの自分がいかに多くの仲間の友情に支えられてきたか、自身の人生について語ったのです。そしてこれから迎えるであろう「死」について、自分がいかにその恐怖から解放された状態にいるかを語ります。周りの人たちがしんみりする中で、本人はまるで会のホストのように明るく振舞うのでした(写真)。  

「三田義昭君を励ます会」でのツー・ショット。写真右が三田さん。
同、前列左から北原忠一、松倉悦郎、梶原しげる 後列は他に榎本隆、三浦孝之の各氏 

出席者と共に、持ち込まれた楽器でジャズを歌い、外見からは判らないほど元気な姿を見せてくれたのでした。

三田さんがこのような心境になったのには理由がありました。

医師から死の宣告を受けた夜、三田さんは自宅で睡眠誘導剤を飲んでも眠れなかったといいます。しかしあることで吹っ切れたといいます。それは「神にすべてを委ねる」ことでした。そう心に決めたときから死に対する恐怖がなくなったと話すのでした。

自宅療養中は家にじっとすることなく連日東京の友人と会ったり、遠い地方の友人に会いに出かけたり、周囲が驚くほど最後までいつもと変わらない三田さんの姿がありました。

やがて新年を迎えますが、不思議なことに病院の検査の数値が正常値に戻り医師を驚かせます。奇跡的な回復を示したのです。

音楽をこよなく愛した三田さんとの最後のジャムセッションは、東日本大震災の直前に新宿「J」で開催された、我々昭和43年卒業組のライブセッション

お祝いに駆けつけてくれた三田さん。彼が大好きなジャズの名曲「オール・オブ・ミー:All of Me」を彼の歌と一緒に演奏したのが最後の競演になりました(写真)。

写真

 新宿「J」でのセッション:左から三田義昭さん(Vocal)、鈴木良雄君(Bass)、筆者(Vibraphone)

今年の7月の恒例のナレオパーティ(新高輪プリンスホテル)にも元気な姿で参加していましたが、発病後から1年たった今年の9月に体調を崩し3ヶ月間白金の病院に再入院。

本人の希望で自宅療養に戻ったものの症状は芳しくなく、退院3日後の12月9日に病院に担ぎ込まれそこで息を引き取り、69年の生涯を閉じました。

三田さんがカトリック信者であることを知ったのは、私が1985年にカトリックの受洗をしたときです。三田さんは、「実は僕もカトリックだよ」とはじめて明かしてくれました。

「あまり真面目な信者ではないけどね」と笑いながら語りかけてくれたことが昨日のようです。

長い間、信仰から遠ざかっていた三田さんは死の宣告を受け再び教会に行くようになりました。

このブログで三田義昭さんの死についてお話したかったのは、イエス・キリストが生まれたクリスマスに人間の生と死について一緒に考えてみたかったからです。

ペテロ三田義昭さんは亡くなり帰天しました。人間は死んだらそれで終りと考えがちですが、キリストの世界ではそこから本当の命、つまり永遠の命に入ります。

キリストがこの世に来た日をクリスマスとしてお祝いするのは、私たちが永遠の命に生きるため。

三田さんには残された京子夫人、立派に成人した長女の甘奈さん、長男大介君そしてお孫さんがいます。三田さんはその死によって、本当の命、永遠の命の中に生きていくことでしょう。

最後に、三田さんの告別式が行われたカトリック本所教会の葬儀ミサで、司祭が話した聖書のことばが私の心に響きます。

「もし一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それは一粒のままである。しかし、
死ねば、豊かな実を結ぶ。自分の命を大切にするものはそれを失い、この世で
自分の命を顧みない者は、それを保って永遠の命に至る。」(ヨハネ福音書12章23?25節)

三田さん、メリー・クリスマス! これまで長い間ありがとうございました。
いつかまた天国でお会いしましょう。


(写真提供:上段:櫻井隆章さん 下段:秋田春日さん)


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2011年12月19日

♪もういくつねるとお正月・・・・・♪
 年末年始の過ごし方百景

こんにちは、井之上 喬です。

あっという間に師走も半ばを過ぎて、そろそろ新年の足音も聞こえてきます。私の幼い頃、この時期になるとこんな唱歌を良く耳にしました。

「もういくつねるとお正月
お正月には 凧あげて
こまをまわして 遊びましょう
はやくこいこいお正月」

「もういくつねるとお正月
お正月には まりついて
おいばねついて 遊びましょう
はやくこいこいお正月」

この『お正月』は、『荒城の月』『箱根八里』『花』などの代表作を残し23歳の若さで夭逝した天才作曲家、瀧廉太郎(1879-1903)の作品です。正月を待ちわびる子供たちの心境が歌いあげられた名曲です。

兄弟や友だちと家の近くの広場で凧をあげたり、こまをまわして遊んだことを懐かしく想いだします。唱歌『お正月』の登場から一世紀以上たった現在、現代の日本人は年末年始をどのように過ごしているのでしょうか。今回のブログで取りあげてみました。

■年末年始休暇の平均は6.8日
「2011-20112年末年始の過ごし方」(フォートラベル調べ)によると、年末年始の休暇日数の平均は6.8日で、昨年と比較して0.1日増。最も多い休暇日数は「6日間」(29.8%)で次いで「7日間」(18.4%)、「5日間」(12.5%)の順でした。

私の経営する会社(井之上PR)も、12月30日(金)から1月4日(水)までの6日間がお休みで、多数派ということになりますね。

また、年末年始の過ごし方について「予定が決まっている」と回答した人は82.1%で、「予定が決まっていない」と回答した人は17.9%でした。

予定が決まっている人のうち最も多い過ごし方は「自宅中心で過ごす」の38.7%。次いで「海外旅行」(23.1%)、「帰省」(18.8%)、「国内旅行」(10.9%)、「仕事・その他」(5.6%)、「日帰り旅行」(2.8%)の順。全体的に昨年とほぼ同じ結果が得られ、震災の影響は本調査においては見られなかったようです。

海外旅行の行き先は、「アジア」(58.3%)、「ヨーロッパ」(20.9%)、「北米」(10.0%)の順で、「アジア」中では特に「韓国」「台湾」「タイ」が人気となっています。出国のピークは12月29日で、帰国は1月4日になりそうです。

■年末年始アラカルト
下記は30代?40代の既婚女性を中心としたアンケート調査(対象は千趣会がサービスするベルメゾンデッセの会員785名)で、今どきの家庭が年末年始をどう過ごしているか窺い知ることができます。

●紅白歌合戦を見るのは3人に2人(2010年大晦日)
大晦日に紅白を「見る」(たぶん見るを含む)と回答したのは64.8%で、「見ない」と「たぶん見ない」を大きく上回る結果となりました。「見ない」は9.0%でした。

●約8割が年越し蕎麦を食べる
大晦日に「年越し蕎麦を食べる」が81.0%で「食べない」は6.1%。他の人は、アレルギーや好き嫌いなどの理由から蕎麦以外のもの(うどんやラーメンなど)を食べると回答。

●年賀状を出す枚数は30枚以下が最多
年賀状を出す枚数は30枚以下が34.0%で最も多く、31枚?50枚が23.2%、51枚?100枚が22.4%で100枚以上が8.0%でした。逆に1枚も出さない人は4.3%でした。

●過半数の家で『鏡餅』、『しめ飾り』をする
4人に1人がお正月の飾りはしないと答える一方で、「鏡餅」(58.1%)、「しめ飾り」(52.7%)は半数以上の家で飾られています。

●8割以上がお正月におせち料理を食べる
お正月におせち料理を食べるのは82.3%を占めました。おせちやお重を自分で作ると答えた人が半数を超え、市販品を100%購入するのは13.9%にとどまりました。

好きなおせちのトップ5は、栗きんとん、数の子、黒豆・豆、伊達巻き、そしてかまぼこの順になりました(この部分はフォートラベル調べから)。

私はなかでも、数の子が好きですが、おせち料理を食べて正月を実感するなど日本の風物詩はなかなかのものですね。

もう一つだけ年末の話題を紹介します。

皆さんもご存知のように財団法人日本漢字能力検定協会では毎年、世相を表す漢字一字を全国から公募して12月中旬に京都・清水寺で発表しています。そして、今年は「絆」が選ばれました。

今年5月の私のブログで、大震災を通して、日本人が古来有していた人と人との絆(Kizuna)の大切さや人間のつながりが生きていく上で如何に必要かを私たちに気づかせてくれたことを書きました。

また、09年1月のブログで絆づくりは「関係構築活動」であり、パブリック・リレーションズ(PR)そのものだとも紹介しました。

世相を表す漢字一字として「絆」を応募した人たちのなかで、どれだけの人が「絆づくりはパブリック・リレーションズ(PR)」と気がついてくれたでしょうか。気になるところです。

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2011年12月12日

中国最新メディア事情
 ?日本企業の抱える問題

こんにちは井之上 喬です。

日本企業が文化、言語、そしてビジネス慣習の異なる海外市場で事業活動を成功させるために不可欠な要素のひとつにパブリック・リレーションズ(PR)が挙げられますが、その中でもメディアリレーションズはコアとなる活動です。

先日、私の経営する会社井之上パブリックリレーションズの中国事業支援室で、中国セミナー「中国最新メディア事情」を開催しました。

セミナーの講師は、「中国経済新聞」(日本語)及び中国向けビジネス情報Web「日本新聞網」(中国語:( http://www.ribenxinwen.com/ )編集長の徐静波氏(株式会社アジア通信社社長)と中国経済圏に精通している野嶋剛氏(朝日新聞国際編集部次長)。

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中国での取材体験豊富な日中二人のジャーナリストを通して、中国の最新メディア事情とその活用について講演・対談していただきました。

■台頭する新メディア
GDP世界第2位の経済大国となった中国は、安価な労働力と土地を提供する生産基地から、増大する国内消費力を背景に巨大消費マーケットへと変容を遂げつつあります。こうした中で中国メディアも大きな変化の時を迎えています。
                 
徐編集長は、中国ではメディアの版権意識が低く、「ひとつの記事が出ると転載、転載で幾何級数的に記事が波及することが多い」としています。一方日本では、「朝日と日経は相互リンクをしないが、中国では1社の記事を何百社がリンクすることも多い」と話しています。

これに対し野嶋氏は、「中国ではニュースは無料で読むものとの意識が強く、有料での購読は難しい」と中国での出版事業の難しさを語っています。

しかしその一方で、新しい宣伝メディアの登場により従来、国営テレビ、党・政府機関紙などでメディア数も限られていたが、最近ではツイッターに代表されるネット系のメディアが登場していると、急進するネット・メディアの台頭について熱く語っています。

そのなかでも微博(中国版ツイッター)が中国で影響力を持ち始めており、微博の運営企業である「新浪」のユーザーは3億人に及ぶとしています。

野嶋氏によると、このところ日本企業には微博にアカウントを開設するところが増えてきており、日本人で最多数のフォロワー840万人を持つのはAV女優の蒼井空で、最近では蓮舫議員やAKB,浜崎あゆみなども開設したとのこと。

いまの中国はネット・メディアの規制と開放の間で揺れ動いており、情報管理社会でメディアは、党、政府の下に位置づけられているものの、ツイッターなどの新メディアの登場がメディア規制を逸脱しているとしています。

卑近な例として、7月に起きた高速鉄道事故では、乗客がツイッターで外部に情報提供し、情報規制の封鎖が破られ、また2010年の10月にノーベル平和賞を獄中の中国人著作家劉暁波氏が受賞した際、厳重なメディア規制をかいくぐって、奥さんがツイッターで外部に状況を発信し、大きな反響を巻き起こしています。

中国政府は暁波氏の受賞をきっかけに中国独自のネット文化を作り上げる必要性を痛感し、微博運営企業(免許制)を通じて、自主管理の名目で規制することになったようです。

野嶋氏は「従来の中国のオピニオン・リーダーは、政府、党の公認者のみであったが、ネットの普及により新しいオピニオン・リーダーが登場している」とし、タイム誌の影響力のある100人に選ばれた寒韓(カンカン:20代男性)や中国No.1ツイッターの達人、1日20~30のつぶやきを発信する安代(アンティー:ジャーナリスト)の名前を挙げています。

中でも異色名存在として挙げているのは、日本人オピニオン・リーダーでまだ20代半ばの北京大学卒の加藤嘉一さん。彼には90万人のフォロワーがおり中国で中国語で意見を発表している日本人では唯ひとりの存在。

企業は、これら独自の価値観を持つ彼らを味方につけることが戦略的に重要としています。

■苦戦する日本企業と広報ベタ
徐氏も野嶋氏も異口同音に日本のイメージや日本企業の広報対応の問題点について、指摘しています。

徐氏は中国人の日本に対する良いイメージとして、電子製品、化粧品、観光資源の3つを挙げています。電子製品には、カメラや電気製品の高品質性。化粧品は資生堂の高イメージと商品のハイクオリティ性。観光資源には富士山とそれぞれの特徴を挙げていますが、「逆にいえばこれら3分野しかないとも言える」と厳しい評価を下しています。

また、中国市場における韓国製品に対するイメージについて、「日本では2流イメージを持たれているが、中国では商品によって1流、2流の2つのイメージがある」とし、「サムソンのTVは1流イメージで、松下より品質がよいと中国人は認識している」と韓国のファッション製品のイメージの高さとともに中国での高評価を語っています。

また徐氏は日本車が中国市場で苦戦していることについて、「昨年、中国での車販売の全体伸長率の87%に対して日本車各メーカーは、トヨタ:32%、ニッサン:51%とし、欧米メーカーはGM:132%、Audi:98%とその大きな差を指摘。

彼は日本車苦戦の理由のひとつに、「中国人ユーザーが望む商品が提供されていない点がある」とし、日本車のボディの鉄板が薄いことで事故時の安全性に疑問が投げかけられ、車保険の適用に不適合とされたり、高価なエアーバッグの修理代など「中国人が本当に望むものを研究する必要がある」としています。一人っ子政策で子供の少ない中国では安全性への特別の配慮が鍵となっているようです。

これには日本メーカーの反論が聞こえてきそうです。しかし昨年9月のこのブログ(2010年9月26日号)でも述べているように、欠陥車のイメージを恐れ、車のリコールをしない中国メーカーと、欧米メーカーと同じように人命優先でリコールを積極的に行う日本メーカーの考え方の違いを、どれだけ中国の消費者に伝えているかはなはだ疑問、としています。

中国市場へのパブリック・リレーションズ(PR)が十分でないこともその原因に挙げられるのではないでしょうか?

徐氏は、ある日本の高級化粧品メーカー(A社)の広報対応の失敗について次のように語っています。

あるときA社は同社の美白効果成分(有害物)がユーザーの肌に障害を起こしたとされる問題を起こした際、「消費者が現地法人に問い合わせのための電話を入れても、誰も応答しないことがあった」としています。

メディアが広報窓口に連絡しても連絡がとれない状況が続くなかで、現地法人の責任者(社長)は雲隠れ状態。

これに対し中国メディアはネットも含めての大々的批判報道を行ったようです。その会社はこの問題で「20年以上中国市場で積み上げた信用を一気に落とし一瞬で中国市場を失った」と語っています。

この問題に対して徐編集長は、「日本企業への不満が高まる理由のひとつに広報対応が問題として挙げられる」とし2つ列挙しています。

1)現地代表は、本社の課長クラスで、自から決定、対応ができない。
2)現地代表は技術者出身が多く、広報について知識や経験がない。
その結果、日本企業は本国とのやりとりなどで、対応が遅れ、その間にマスコミにたたかれることになり、現地法人社長が逃げ隠れすることになる。

徐氏はこの中で、中国人現地広報担当者のマスコミ対応姿勢の問題を指摘しています。中国人の多くの広報責任者は、「共産党関係でプロパガンダのエキスパート。中国では超エリートとされ、そのエリート意識が災いして若いジャーナリストが多いメディアとの付き合いが疎遠になり悪化する」ようです。

朝日新聞の野嶋氏は、日本企業の上層部には広報の重要性を理解しない企業文化があるとし、「特に海外広報は国内広報以上にスキルが要求され、海外で広報担当を数年経験した後、本国へ戻ると別の部署に転属となるケースが多く、折角の海外広報の経験が、企業に蓄積されないことは残念」と広報職が専門的領域としてみなされていない日本企業の抱える諸問題について語っています。

また野嶋氏はチャイナ・リスクのひとつにメディア・リスクがあるとし、中国メディアには前述したような高いリスクがあることをよく認識して取り組むことが重要と語っています。

こうして3時間にわたるセミナーは終了しましたが、日本企業の広報部の抱える問題点が浮き彫りにされたセミナーでもありました。


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2011年12月06日

平安時代に遡る日本最古の年賀状
 ?携帯年賀メール増加の中、やはりうれしい年賀状

こんにちは、井之上 喬です。

師走に入り皆さんもそろそろ年賀状の準備をはじめる頃かと思います。私の会社(井之上PR,日本PR研究所)でも年賀状のデザインが決まり、印刷を進めるようなタイミングです。

年賀状の起源についてははっきりしないものの、以前北海道新聞がその起源について、「年始のあいさつは奈良時代までさかのぼる。平安時代には公家社会にその風習が広まって、書状でもあいさつが交わされた。平安期の学者、藤原明衡が著した手紙の模範文集『雲州消息(うんしゅうしょうそく)』には年始あいさつ状の文例があり、これが現存する最古の年賀状といわれている。」(2000年12月2日付)としています。

今回のブログでは日本の年末年始に彩りをそえる、伝統的な生活習慣ともいうべき年賀状の「むかし」と「いま」を紹介します。

■第1回年賀はがき賞品、特等は「ミシン 」
「日本の郵便制度は1871年(明治4年)に前島密によって確立された」と学んだのは、たしか中学校の歴史の授業だったかと思います。前島は、ヨーロッパとイギリスの郵便制度を視察した後、これを基に日本の郵便制度を考案しました。

1873年(明治6年)には郵便制度は国有化され、政府の独占事業となりました。同じ年に
「郵便はがき」が登場し、年賀状の普及に多大な影響を与えることになります。

現在同様に、12月に投函された年賀状が元日に配達されるようになったのは1899年(明治32年)の「年賀特別取り扱い」が始まってからでした。明治の終わりから昭和初期にかけ、年賀状の取扱量は増え続けます。

今では、年賀はがきといえば当たり前になっている「お年玉くじ」。この制度が始まったのは、1949年(昭和24年)のことです。このアイデアは、官が考えたのではなく、京都在住の民間人によるもの。

「年賀状が戦前のように復活すれば、お互いの消息もわかり、うちひしがれた気分から立ち直るきっかけともなる」と考えたようです(年賀状博物館Web)。

ちなみに第1回のお年玉付き年賀はがきの賞品は、特等がミシンで1等は純毛洋服地、2等は学童用グローブ、3等は学童用こうもり傘だったとのこと。

その後、年賀状の取扱量は日本経済の拡大とともに増加し、特に1980年代の後半からの年間取扱量は35億通を超え、最盛期を迎えました。

■年賀状は1月7日までに
日本郵政は、今年2011年の元旦に全国で配達された年賀状は約20億8千万通で、昨年より0.4%減少したと発表しています。電子メールで新年のあいさつを済ます人が増えていることも要因となっているようです。

2009年にモバイルマーケティングデータ研究所が主体となって実施した「年賀状メールに関する利用実態調査」で年賀状には何を使って送ったかについて質問したところ、男女とも「年賀ハガキ」が最も多く(男性48.1%、女性57.3%)、次いで「携帯メール」という回答でした。

「携帯メール」では男性が文字と絵文字の携帯メールが31.2%、女性ではデコメが55.0%、文字と絵文字の携帯メールが35.8%という結果でした(いずれも複数回答)。

因みにこの調査の有効回答は1,717人で、男女比は44:56、そして年齢的には19歳以下が約23%、20代が約31%、30代が約25%で40代以上が約21%という構成。

受け取った年賀状については、男性では「年賀状ハガキ」が57.8%と最も多く、次いで「携帯メール」が39.7%、「パソコンメール」が2.5%。女性では「携帯メール」が54.4%と最も多く、次いで「年賀状ハガキ」が45.1%、「パソコンメール」が0.5%という結果でした。

携帯年賀メールが増加する中、日経MJ(11月23日)に、「もらってうれしい年賀状―はがきが85%」という見出しの記事が紹介されていました。これは、メディアインタラクティブが全国15?59歳の男女500人を対象とした調査です。

はがきがうれしいが85%に対し、「メール」がうれしいと回答したのはわずか4.8%。

また、もらってうれしかった年賀状は「手書き」が58.6%で最多。つづいて「近況報告が入っているもの」が47.4%で「どの年賀状も(もらえば)うれしい」が44.4%で年賀状が届くのを楽しみにしている様子が窺えました。

これら2つの調査を通して携帯からの年賀メールが増加していく傾向がみられるものの、まだまだ年賀はがきの人気は高いようです。

年賀状は発送時期で投函日の表現が変わります。1日以降の投函になる場合は、「元旦」という文字を入れずに投函日を書きます。また、年賀は通常1月7日までのことを指しますので、それ以降に出す場合は「寒中見舞い」、立春を過ぎたら「余寒見舞い」として出します。

文面には、新年明けて晴れ晴れした相手のことを考え、不祝儀ごとは書かないのが決まりごとのようです。

こうした年賀状の決まりごとを知るにつけ、いまさらながらに年賀状と日本文化との深い関わりを感じます。年賀状を送る中心的な手段がたとえ「はがき」から携帯メールやスマホメールに替わったとしても、こうした年賀状文化は引き継がれていくべきことだと思います。

一般的に年賀状を出す相手は、親族や友人・知人、そしてさまざまなビジネス関係者など。これは年賀状というコミュニケーション・ツールを使い個人が行う、年1回のパブリック・リレーションズ(PR)活動とみることもできます。

私も年末には会社と個人の年賀状書きに忙殺されます。ひとことでも書き添えることにしていますが、なにせ数が多く省いてしまうことも多々あります。もらってうれしかった年賀状に「手書き」という調査結果がありました。今年はせめてできるだけ添え書きを増やしたいと思いました。


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