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2011年02月28日

開設40周年迎えたNASDAQ市場
 ?証券市場の競争激化

皆さんこんにちは井之上 喬です。

外を歩いていると、梅の花がほのかな香りとともに一気に花開いてきました。今週は雛祭りもあり春の到来も間近です。

私が経営する井之上パブリックリレーションズ(井之上PR)は、おかげさまで今年度に設立40周年を迎えることができました。国内外の企業のさまざまなパブリック・リレーションズ(PR)の支援に取り組んできましたが、井之上PRの特徴であるPRコンサルテーションの基盤を作ったのは、PRに対ししっかりとした考えを持って取り組んでいる多くの海外企業との経験だと感じています。

井之上PRのクライアントとして共にPR活動に取り組んだ海外の顧客企業の中には、インテルやアップルなどNASDAQ(ナスダック)に上場している企業も数多くあります。2月8日、そのNASDAQは1971年の取引開始から40周年を迎えました。

IT産業を現在のような巨大産業に成長させたNASDAQ の果たしたその役割は計りしれません。

■アップルのIPOに立ち会う
世界初の電子株式市場として証券取引を開始したNASDAQは、米国シリコンバレーを中心とするハイテク・ベンチャーの資金調達やIPO(新規株式公開)を手助けしてきました。

NASDAQ上場の主な企業には先述のインテル、アップル以外にもマイクロソフト、グーグル、オラクル、アプライドマテリアルズ、デル、クアルコム、ヤフー、ザイリンクスなどそうそうたる企業が名を連ねています。

私にとってNASDAQを一番身近に感じさせてくれた会社はアップルです。

アップルがNASDAQに上場したのは1980年12月。当時アップル本社での打ち合わせのために、シリコンバレーにいた私は出張先で同社のIPOに立ち会うことになります。

株式上場する日の早朝、現地のパートナーであったジェムス・今井さんからホテルに、「先ほど、アップルがIPOしましたよ」と電話がかかってきました。時差ボケで眠たい目をこすりながら、急いで地元の証券会社に連絡をとり同社の株式を購入。

今でも強く印象に残っているのは、この上場で750万株を保有していた創業者で社長のスティーブ・ジョブズの時価が2億ドルを超えていたことです。若干25才の若者が、当時のレートで500億円近いお金を手にしたのです。

午前中アップル本社に行くと、受付の奥の広い部屋で、会長のマイク・マークラが社員とともに東京から来た私たちをIPOの祝賀パーティに招き入れてくれました。"Congratulations!"と笑顔でシャンパン・グラスを交わしたことがまるで昨日のように思えます。

NASDAQは、世界の証券取引所の時価総額を見てもニューヨーク証券取引所の11兆3918億ドル、東京証券取引所の3兆3353億ドルに続き第3位にランクされ、時価総額は2兆9296億ドル(Wikipediaから引用、2009年10月現在の数字)。

一方、野村資本市場研究所の調査では、2010年末の時価総額で東京証券取引所を抜き世界第2位になっているようです(2010年12月末の為替レートで円換算)。

しかし、明るい話題ばかりの40年ではありませんでした。1990年代末のいわゆるITバブル期には事業の実体のない会社まで上場し、結果的にはバブルの崩壊を招きました。

■激変する証券市場
NASDAQ総合株価指数は、ピークだった2000年3月の5048からITバブル崩壊後に急落、先週末の2月25日現在でも2737と多少持ち直してはいるものの依然低迷状態にあります。

40年を迎えたNASDAQを取り巻く環境は大きく変化しているように感じます。まずは、短期的な業績結果を求める米国流企業経営に対する変化、そして世界規模の証券取引所間の競争激化があげられます。

第1の変化の象徴としては、今最も注目されているSNS最大手フェイスブック社。同社のマーク・ザッカーバーグCEOは、これまでベンチャー企業にとっての成功の証明であったIPOにあまり乗り気ではないようです。

その背景には、事業よりも収益改善を求められがちな公開企業になることへの懸念や、IPO以外にも投資銀行を始めさまざまなファンドからの資金調達が可能になったことなどが挙げられています。

こうした流れの中で、新しく登場してくるハイテク関連のベンチャー企業経営者が、どのような企業文化を持ちながら舵取りをするのか非常に興味深いところです。

また最近の傾向として、GDPでは中国が世界第2位に躍進するなど、アジアを中心とする新興国の経済的な躍進により、同地域の企業が上場先として米国よりも成長著しい上海や香港、台湾などの証券取引所を上場場所として選ぶケースも増えているようです。

今年に入り、ロンドン証券取引所とトロント証券取引所の合併合意発表や、NYSEユーロネクストがドイツ証券取引所との合併を協議していることなどが明らかにされています。

このように規模拡大とさらなる効率化を目指した、世界規模での証券取引所の再編の動きは、NASDQに新たな課題を与えています。

一方、2月25日の日本経済新聞は「東証が誘致専門部隊」と東京証券取引所の新しい取り組みを報じていました。急速な国際環境の変化の中で、4月に同取引所の中に、アジアを中心に海外からの投資に対する誘致活動を行う専門部署として営業本部が設立されるようです。

世界規模で進行する証券取引所再編の動きに日本はどのように対処するのか、その真価が問われることになりそうです。

メッセージ発信には、パブリック・リレーションズ(PR)の基本となるコミュニケーション・マネージメントが不可欠。地盤沈下している東京証券取引所の起死回生の一手になるのか、NASDAQ同様、こちらも大いに注目したいところです。

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投稿者 Inoue: 10:26 | トラックバック

2011年02月21日

ロシアとの領土問題をどう捉えるか?
 ?平和条約なければいまだ「敵国」

こんにちは井之上 喬です。

前原外相がロシアを訪問しました。11日のラブロフ外相との会談は予定の倍近い時間で行われたものの話し合いは平行線に終わったようです。

翌12日の日本の主要紙の朝刊一面には、「『北方領』日露譲らず」(読売)、「暴言発言を批判:ロシア外相日ロ会談で」(朝日)、同じ朝日国際面には『日ロ険悪 厳冬期』と北方領土問題が暗礁に乗り上げていることを報じています。

今回の一連のロシアとの問題は、メドベージェフ大統領の北方領土訪問に端を発したとされていますが、はたしてそうでしょうか?

一方、政府は今回の外相のロシア訪問にあたり、どのような戦略で臨んだのでしょうか?報道を通してみる限り、残念ながら明確に日本の意思が入った交渉が行われているようには思えません。

■何故ロシアは強気になったのか?
北方領土は、歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島の4島。北方領土返還については、1980年代終わりのソ連ゴルバチョフ政権下の民主化の流れの中で具体的な問題として浮上してきました。

当時日本は強力な経済力を背景に交渉を行ってきましたが、ソ連崩壊後、領土問題を引き継ぐことになったロシアとの交渉においても、両国間で戦後の象徴として締結されるべき「平和条約」は未だに棚上げの状態。経済主導の交流は維持されてはいるものの、島の返還問題は未解決のまま今日に至っています。

交渉の争点として両国の主張は異なり、大きく日本は4島一括返還を要求し、ロシアは歯舞、色丹の2島返還を主張。

今に至った経緯をみると、これまでの日本の主張には明確な戦略がなく、相手に対し4島一括返還を主張することに終始し、双方平行線のままずるずると20年の無為な歳月が経っている感すらします。

しかし、何故ロシアは強硬姿勢に転じたのでしょうか?見逃してならないのはこの10年間のロシア政治の世代交代と経済環境の変化です。

政治面では、ロシアの初代大統領(1991-2000)エリツインを引き継いだプーチン大統領が就任したのは2000年。その後2008年にメドベージェフ大統領が就任しています。

つまり世代交代により、ロシアにも新人類的な対応がみられるようになったということもできます。

■いまや世界一の石油生産国
経済環境の変化では、その最大の要因は地球温暖化でツンドラの永久凍土が融けだし、それによりシベリアでの油田発掘が容易になったこと。これによりロシア経済が著しい成長をみせたことです。

BP「Statistical Review of World Energy 2010」によると、ロシアの世界に占める石油生産量の割合は2000年の9%から2009年には13%と跳ね上がり、過去9年間の生産量は実に50%を上回っています。

2009年にはサウジアラビアを抜き、生産量(4億9千4百万トン)で世界最大の産油国になっています。

加えて、シベリア開発に必要な経済協力の交渉相手の選択支が日本以外にも広がったこと。目覚ましい経済成長を遂げる韓国や中国が有力なパートナーとして浮上するなど、東アジア周辺国の状勢の変化がみられることです。

こうしてみると日本はこの20年、絶好な交渉のタイミングにありながら、北方領土で4島一括返還を目指すのか、或いは2島返還で行くのか、交渉過程で相手の変化を見極めることを怠たり、戦略的な目的設定を曖昧にしたまま今日に至ったものと断定することができます。

ソ連崩壊後のロシア共和国は、1991年からの20年間でエリチン、プーチン、メドベージェフの3人の大統領が国家運営を行っているのに対し、日本は宮沢首相を皮切りに現在の菅首相まで実に13人の首相が交代するありさまです。

この失われた20年は、自虐的にいうならば、まさに「漫画的」。

日本は国内の政治抗争に明け暮れた結果、経済や外交に空白をつくり、いまそのツケがボディブローのように効いてきています。

北方領土問題を考えるときに、故末次一郎さん(1922-2001)との会話を思い出します。

末次さんは真の民族主義者。1972年の沖縄返還の陰の立役者といわれ、当時人生最後の仕上げとして北方領土返還運動を起こし、領土問題では歴代首相の指南役もつとめた方です。

1990年頃、当時ソ連との関わりを持っていた関係で、親しくさせていただいていた私は末次さんから初めて、「日ソ平和条約が締結されていない日ソ関係はいまだ交戦状態にある」という言葉を聞いたとき強い衝撃を受けました。

末次さんは口癖のように、ソ連は1941年の日ソ中立条約を一方的に破り、終戦直前に対日参戦し、北方領土占拠は無論のこと、70万人を超えるシベリアへの強制収容所への連行、そして6万人とも10万人ともいわれる抑留者を凍死、餓死、病死させた国であることを忘れてはならない、と話をしておられました。

その意味でソ連はいまだ日本にとって許し難い「敵国」であると私に熱く語りかけてくれました。志半ばで倒れた末次さんの思いが伝わってきます。

北方領土問題の解決には、双方による粘り強い信頼関係作りが必要となることは疑う余地もありませんが、世代交代が進む中でこの問題の解決には、まず両国の歴史認識から再スタートするのも有効な方法かもしれません。

こうした問題は、パブリック・リレーションズ(PR)抜きに考えることはできません。

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投稿者 Inoue: 09:54 | トラックバック

2011年02月14日

「スキー伝来100年」
 ?スキー人口減少にどう歯止めをかけるか

こんにちは、井之上喬です。
先週は都心でも積雪がありましたが、皆さんいかがお過ごしですか。

いまから100年前の1911年(明治44年)、旧オーストリア・ハンガリー帝国の軍人レルヒ少佐によってスキーが日本に伝えられました。新潟県の高田(現上越市)で指導したのがその始まり。

私は高校時代に水泳をやっていた関係もあり、はじめはスキーに興味が持てませんでした。しかし社会に出て、1976年のオーストリアのインスブルックで行われた冬季オリンピックに、日本楽器製造(現ヤマハ)のスキー板が使用されことがきっかけで、井之上パブリックリレーションズがそのPRに関わることになります。そこで初めてスキーのもつダイナミズムに圧倒されました。

それは、インスブルックで、当時オーストリアのフランツ・クラマー(滑降で金メダル)やイタリアの花形選手トエニ(回転で銀メダル)達のスキーを目のあたりにしたときでした。時速200キロのスピードで人間が滑り下りる迫力に驚愕したのです。

その後1998年の長野オリンピックでは、オーストリア商務省のPRのコンサルテーションを行っていた関係で白馬村に設営された『オーストリアハウス』開館のPRも担当することになりました。

私もこの開館式に同席しましたが、長野の大回転で金メダルをとったヘルマン・マイヤーや先のインスブルック金メダリストのクラマーなど、そうそうたるアルペン王国オーストリアのスキーヤーを間近にみて魅了されたものです。

■年々下降するスキー人口
日本人スキーヤーの猪谷千春さんが1956年のイタリア、コルティナダンペッツォ・オリンピックで日本人初の五輪スキー回転でメダリスト(銀メダル)となったのは、有名な話。その後、「黒い稲妻」といわれたオーストリアのアルペン3冠王、トニー・ザイラーの来日などで日本にスキー・ブームが起きます。

日本のスキー人口の増加は、日本の高度成長と軌を一にしています。つまり50年代半ばから普及が始まり、93年には1,860万人のピーク(レジャー白書)に達したものの、現在は3分の1程度までに減少(下図参照)。当然、スキー場の淘汰も進行中で、閉鎖に追い込まれるスキー場が急増しているようです。

スキー&スノーボード人口の推移?『レジャー白書』2010年版


スキー人口が減少した要因として、バブル崩壊によるものが大きいとされていますが、娯楽の多角化や若年層の数の減少や自動車離れ、スノーボードへの移行、またスキーを愛好する年長者の高齢化、そしてアルペン競技におけるフィギュアの浅田真央のようなスター選手の不在などが挙げられます。

一方、その改善策として若い女性を増やすこと、子供連れを増やす、50歳以上のリピーターを増やす、そしてSAJ(財団法人 全日本スキー連盟)が欧州のようにスキー選手育成のプログラムを作成してスター選手の輩出に努力するなどが挙げられています。

しかし、これまでのような国内だけを見据えた施策だけでスキー人口を増やすのには無理があります。

■スキーと観光事業で国際化
私はスキー人口減少の歯止め策として、あるいはよりポジティブな表現として、スキー人口拡大には、国内スキー場の国際化が最善の策であると考えています。

そのためには、施設やスキー場までのアクセス改善といった面ばかりでなく、温泉や料理など日本文化を採り入れた「おもてなし」をパッケージにしてスキー場価値を高める努力が重要であると思います。

これらの点に関して日本経済新聞(2011.1/12夕刊16面)「中国語案内、ウォン両替、地元文化紹介、蔵王や白馬、外国人おもてなし」の記事は示唆に富んだ内容となっています。

「‥‥前略)蔵王温泉観光協会によると、外国人客は年々増加。2009?10年のシーズンは毎月千人以上が訪れ、うち9割は韓国や台湾などアジアから。大半が個人旅行でスキーや樹氷観賞が人気という。」とアジアから多くのスキー観光客が押し寄せていることを伝えています。

そして、「蔵王で旅館やホテル計5軒を営むタカミヤホテルグループは、韓国語や中国語を話せるスタッフを配置。周辺の銀行が扱わない韓国の通貨ウォンをフロントに準備し、両替に対応した。」と日本人スタッフだけでなくネイティブ・スタッフを配置していることがわかります。

また同紙は、長野五輪のアルペン競技などの会場となった長野県白馬村への外国人スキー客の急増も紹介し、村観光局の発表数字を紹介し、08年の外国人観光客数が約4万9千人で、4年間で約5倍に跳ね上がったとしています。

白馬村への外国人観光客の約4割を占めるのがオーストラリアからのスキー客のようで、「1?3週間程度の長期滞在者が多く、地元の観光会社が温泉や寺社などを巡るバスツアーを企画したり、村観光局がそば打ち教室などを開いたりしている‥‥」としています。

先日テレビ番組で、志賀温泉が外国人観光客でにぎわっているニュースが流れていました。番組によると、雪中のニホンザル親子の写真が国際的なコンテストに入選し、写真がインターネットで世界中に流れたことがきっかけで、広くアジアや欧米からの観光客が「地獄谷温泉」につかるサルを見にきているとのことです。旅館のスタッフも日本語に加えて、英、仏、中、韓とじつに5カ国語。

いま日本には、冬の観光にスキーを中心として、温泉とおいしい日本料理、そしておもてなしの心で外国からの観光客を誘い込む知恵と行動が求められています。

こうした面でも私たちパブリック・リレーションズ(PR)の専門家の役割が期待されています。


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投稿者 Inoue: 13:02 | トラックバック

2011年02月07日

美味しいコメ食べてますか?
 ?農業は新たな輸出産業になれるか

こんにちは井之上 喬です。

節分も過ぎ暦の上ではすでに春ですが、まだまだ寒い日が続きそうです。
体調には気を付けて頑張りましょう。

日本では西高東低の強い冬型が長く続き、太平洋側ではカラカラ天気が続く一方で、日本海側は大雪で電車や車が閉じ込められるなどの影響が出ています。また、霧島連山の新燃岳では50数年ぶりの噴火で周辺住民が避難、海外でも豪州では大型サイクロン「ヤシ」の来襲や米国東海岸での大雪など、世界規模で天候不順や自然災害が多発しています。
被害にあわれた方々に心よりお見舞いを申し上げます。

新聞報道によれば、こうした世界的な異常気象や中国をはじめとする新興国での消費拡大などの要因により、世界の食料価格指数は過去最高を記録したとのことです。

■食糧問題が急浮上
このデータは国連食糧農業機関(FAO)がまとめているもので、穀物、食肉、砂糖、乳製品、油糧種子の国際取引価格からFAOが、2002年から2004年水準を100ポイントにし毎月算定しています。

これまでの最高値は食糧危機が叫ばれた2008年6月だったそうですが、2011年1月には230.7ポイントとなり過去最高値を更新。

最近は7カ月連続で前月を上回り、この半年では実に37%以上の上昇。国際的にも大きな問題になっています。

食糧問題といえば2月初めに農林水産省は商業用のコメの輸出数量の推移をまとめて発表しました。

それによると2010年の輸出数量は1898トンで前年比45%の増加、輸出金額は前年比27%増の約6億9000万円とのこと。

国別では香港が654トン(前年比45%増)、シンガポールが334トン(同36%増)続いて台湾が271トン(同19%減)、豪州125トン(同247%)そして中国が96トン(同220%増)。

中でも中国向けの数字はまだ低いが、2009年の3倍以上になっており、今後さらに拡大が期待されています。政府も輸出支援のために中国輸出向けの精米工場整備に対し補助をするなど、コメ輸出拡大の支援策をさらに拡充する方針のようです。

そういえば日本のコメの販売拡大に呼応するように、秋葉原などでは電気炊飯器の販売も好調だと聞いたことがあります。割高だが安心して食べられ、かつ美味しい日本のコメが中国でも認められてきたということでしょうか。

しかし2010年度の主食用コメの生産量は約824万トン。輸出量は過去最高になったとはいえまだまだわずか。日本国内のコメ市場は少子高齢化や食生活の変化などから市場規模は縮小傾向にあり、輸出に活路を見出したいコメ生産者が増えているようです。

■日本の農業を新しい「産業」に
世界的な食糧不足に陥れば、日本は自前で食糧を生産しなければならなくなります。食糧安保が叫ばれるのもこうした背景があってのこと。

日本は食糧自給率が40%(この数字はカロリーベース。生産高ベースで見ればもっと高く他国に見劣りはしないといわれているがここでは論議しない)と低く、自給率や生産性の向上が叫ばれています。

しかし日本の農業は高齢化が進み、農業従事者の平均年齢は66歳を超え、後継者問題や年間6万?8万人で推移する新規就農者数が改善することなくこのまま続けば、美しい農村が原野にかわるのも時間の問題。

食糧をめぐる問題としては、最近急浮上しているTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)やEUFTA(日欧自由貿易協定)への参加の是非が国会でも大きな争点になっています。

日本がTPPなどに参加すればあらゆる分野での輸入規制が撤廃されます。これに対して農業関係団体などは、海外から安い農産物が大量に輸入され日本農業への深刻な影響が懸念されるとして日本の参加に強く反対。

コメを代表とする農業が、手厚い国の保護のもとでガラパゴス化してしまうのか、ITや自動車産業のように、国を代表する「産業」として新たな世界展開に一歩踏み出すのか、日本はいままさに大きな岐路に立っているといえます。

日本には、数多くの品種改良された米をはじめ、リンゴやナシ、ミカンなどの果物や水耕栽培による無農薬野菜など、世界の食卓が欲しがる食材がたくさんあります。価格で競わず付加価値をつけ、ブランド化することで輸出のチャンスが無限にあるはずです。

農業の産業化を実現させるためには、農家が蓄積してきた作物づくりのノウハウと、産業界のもつITを駆使した生産技術を融合させることが鍵となるでしょう。

日本の優れた英知や技術を、これまでは考えられなかった分野で生かし新たなビジネスを創出する、こうした動きを国が支援することはできないものでしょうか。

日本はPTTをむしろ好機と捉え、農業分野に若者を中心とした新規就農を促し、ベンチャー企業を多く呼び込む政策とその実現が求められています。農家が消滅する前に新しい発想でスピード感を持って取り組むことが急がれているのです。

すべてのビジネスにいえることだと思いますが、何か新たなことに取り組もうとするときに、重要なポイントとして物事の流れや先を読むインテリジェンス、きめ細やかなマーケティング力、それを実行に移すための戦略、そして私の持論でもある、双方向環境の中で必要な時には自らの修正を恐れず、倫理観を意識した取り組みが必要であると思います。

つまりリレーションシップ・マネジメントである、パブリック・リレーションズ(PR)がうまく取り込められていなければなりません。

先日テレビ番組で酒造りのためのコメの収穫時期について、最新のGSPシステムを駆使して最適な時期を決定する事例を知りました。

GDPで中国に後塵を拝し世界第3位になった今こそ、既成概念にとらわれることなく新たな発想で、これからの時代の繁栄のために、力強い一歩を踏み出すことが強く求められているのです。


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