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2010年03月29日

『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 20
 ?医療分野におけるパブリック・リレーションズ

こんにちは、井之上喬です。
ぐずついた天気がつづき、桜の満開が待ち遠しい今日この頃、皆さんいかがお過ごしですか?

今週は、『体系パブリック・リレーションズ』Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)を紐解きます。このシリーズ20回目となる今回は、第17章「非営利組織(NPO)、業界団体、非政府組織(NGO) 」(矢野充彦訳)の中から「保険医療(ヘルスケア)分野のパブリック・リレーションズ」を紹介します。

オバマ大統領は3月23日(日本時間24日未明)、同大統領が内政の最重要課題に掲げてきた、医療保険改革法案に署名し、同法が成立しました。これにより民間保険加入基準の緩和や政府補助などが実行に移され、新たに3,200万人を保険に加入させ、国民の保険加入率をおよそ95%に拡大するといわれています。

ギャラップ社は同日の世論調査の結果を「オバマ大統領の支持率は51%で、下院での法案可決前の46%から上昇した」と伝えています。
事実上の国民皆保険制度を導入するこの画期的な法案が成立するプロセスで、パブリック・リレーションズ(PR)がどのような機能を果たしたのか、本書での記述を通してその一端を紹介したいと思います。

■「国民皆保険」は歴代民主党政権の悲願
医療保険制度改革は米国における政治上の長年の懸案であり、これまでトルーマン、カーター、クリントンといった民主党の歴代大統領が取り組んできたものの、いずれも議会の壁に阻まれる結果となっています。

この点について本書では、「1990年代初期にクリントン大統領がまとめた、無加入保険者に対する保険加入の拡大と、すでに加入している人々の費用抑制を柱とした複雑な提案が医療業界から厳しい抵抗に遭い、議会の上下両院のいずれにおいても議会投票に至らなかった」と記載されています。

その後、医療保険制度改革に対する基本的な政治戦略として、連邦議会と州議会において同改革関連の数多くの小規模提案を段階的に実現していく方針が採られました。

例えば、次のような事項が本書に記されています。
1)低所得者やヒスパニックの子供、障害者など社会的弱者に対する医療保険領域の拡大
2)ジェネリック医薬品の使用促進
3)税額控除の調整
4)情報テクノロジー(IT)を駆使した医療情報の質的向上
 
こうした活動を背景に医療保険制度改革への議論も盛り上がりを示し、医療政策に関連するメディの報道量も増加していきました。

カイザーファミリー財団(健康問題を扱う非営利民間団体)は、プリンストン・サーベイ・リサーチ・アソシエイツと協力して、具体的に高齢者医療保険制度(メディケア)、無加入保険者、ヘルスケアコスト、管理医療(マネジケア)の4項目の医療トピックについてメディアの報道内容を分析。

この分析によると、医療保険問題に関するニュース記事は1997年から2000年の間に実に34%増加したことが本書で明らかにされています。

■ニューメディアが貢献
また、本書ではインターネットの出現とウェブサイトの利用が、ヘルスケア分野におけるメディア・リレーションズの抜本的改革をもたらしているとし、次のように記しています。

「今では何百万人の人々が医療情報源としてインターネットを利用している。ヘルスケア組織は自身のニュース内容をウェブサイトに掲載し、世界中の人々が閲覧できるようにしている。」

「医療担当記者は、ニュース速報を報道するときも、単にニュース記事のネタを探すときも、以前にも増して関連会社のウェブサイトを頻繁に閲覧する。ニュース報道機関が自身のウェブサイトを開設していることさえ、医療ニュースの報道を本質的に変化させている。」

メディアの報道が盛んになる一方で、メディアが要求する入院患者の情報提供を巡って病院やヘルスケア機関におけるパブリック・リレーションズの実務家とメディアとの間に緊張関係を生んでいるといいます。

2003年に発効した「医療保険の携行性と説明責任に関する法律(HIPAA:Health Insurance Portability and Accountability Act)」は、患者のプライバシー権利を守るための厳しい規則を設けています。

患者の同意書なしには、病院はその患者の病状報告だけでなく、患者が入院していることさえ発表することはできないのです。

これらの新しい動きの中で、医療業界におけるパブリック・リレーションズは、組織が法律や経済社会の変化にどのように対応していくかに関わらず、経営層の重要な課題としてここ数年の間に急速に台頭してきています。

品質の高いヘルスケアを安価な費用で患者に対し利用可能にするにはどうすればよいか、という複雑で白熱した議論は、間違いなく今後何年も続くことになると予測されています。

こうした議論に参加している当事者全員との関わりを通して、パブリック・リレーションズの実務家は課題の設定(イシュー・セッテング)に手をさしのべ、医療保険制度の公共政策づくりへの建設的な貢献を期待されています。

日本で最初の社会保険制度は、健康保険法(1922年に制定)により1927年から発足した健康保険制度です。その後、1961年に国民健康保険制度が完全普及される一方で国民年金制度も発足し、「国民皆保険・国民皆年金」が実現しました。

パブリック・リレーションズ(PR)が全く未成熟でニューメディアも登場していない日本で、米国よりも半世紀も早く国民皆保険制度が導入された、その先進性には驚くばかりです。

しかし、昨今のわが国の国民皆保険制度は、医療費の負担増や未加入者の増加、医師不足、そして地域医療の荒廃など重大な危機にさらされています。米国とは次元が異なりますが、私たちパブリック・リレーションズの専門家が果たすべき役割がこの分野でも膨らんでいます。

投稿者 Inoue: 08:42 | トラックバック

2010年03月22日

日本が絶滅危惧種にならないためには?
 ?ガラパゴス化はまだましか

こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
東京の桜のつぼみもかなり膨らんできました。会社近くの新宿御苑の桜の開花も間もなくです。

グローバル市場が急速に拡大する一方で、日本国内の市場は長期にわたる停滞で縮み傾向を強めています。これまで世界第2の経済大国として国内市場を見据えビジネスをしてきた多くの日本企業にとって、従来のやり方ではもはや生き残れなくなってきています。

そのよい例が携帯電話。インターネットを介したさまざまなサービスが国境を越えて提供される時代に、日本の携帯電話業界はガラパゴス化と揶揄されるような日本固有の規格に固執するあまり国際市場ではマイノリティにとどまっています。

■電気自動車で急速充電器の国際標準化の動き
最近は自動車業界に関する報道が多く見られます。トヨタのハイブリッドカー「プリウス」の不具合や急加速問題に始まり、ホンダが発売した2人乗りのスポーツ型ハイブリッドカー「CR-Z」の好調な受注状況、日産自動車のカルロス・ゴーン社長が次世代「マーチ」のタイでの発表。

またタイヤ大手のミシュランの日本国内生産中止や現代自動車の日本での乗用車販売中止の発表など、日本からの撤退ニュースも流れています。

自動車は日本の基幹産業。すそ野が広い業界ゆえに日本経済に及ぼす影響も大きいものがあります。その中でも注目したいのが、電気自動車(EV)の急速充電器の国際標準・規格統一を目指す協議会発足のニュースです。

今月3月15日に発足したのは「CHAdeMO(チャデモ)協議会」。英語の「CHARGE=充電」と「電気のde」そして「MOVE=動く」を組み合わせた造語だそうで、「車の充電をしながらお茶でも」といった意味も含まれているようです。普及に向けて少しおしゃれ気分も入れてみようと考えたネーミングでしょうか?

CHAdeMO協議会は、トヨタ、日産自動車、東京電力、富士重工を幹事会社に本田技研、スズキ、マツダなど乗用車メーカー大手や自動車部品メーカー、ローソン、三菱商事、東芝など国内の流通、電機などの企業に加えABBやボッシュなどの海外メーカー、そしてオブザーバーとして経済産業省など24団体を含めた158社・団体が参加。CHAdeMO は“オールジャパン”として国際標準化をめざして発足したもの。

電気自動車は走行中の二酸化炭素(CO2)の排出量がゼロで、現在のエコカーの主流であるハイブリッドカーを凌ぐエコカーとして位置づけられ、現在は三菱自動車のi-MiEV(アイ・ミューブ)など日本勢が先行していますが、米国GM、日産、ダイムラーなども2010年の市場投入を予定しており、内外企業入り乱れての競争になることが予想されています。

電気自動車普及のための課題は、1回の充電で100Kmから160Kmの距離しか走れないことです。タウンカーとしては十分かもしれませんが、本格的な普及のためには、一回の走行距離を伸ばし、ガソリンスタンドのように街中に充電インフラを整備することは必須となります。

それも現在のような200Vの電源で、フル充電するのに約7時間もかかるようなシステムではなく、今回の急速充電器のように30分程度で電池容量の80%程度まで急速充電できるような急速充電システムが必要となってきます。

このようなシステムが、ガソリンスタンドや高速道路のサービスエリア、コンビニの駐車場などで整備が進めば、電気自動車普及に弾みがつくと期待されているのです。

■新産業創出に国家的な取り組みを
この取り組みは、鳩山首相が表明しているCO2の25%削減目標達成のための具体的な方策としても、海外にも大きくアピールできる点でも大いに注目されています。しかし、技術的にどんなに世界をリードしていても、それが世界標準になると限らないことは、前述の携帯電話をはじめ、さまざまな分野でこれまで日本が悔しい思いをし、経験してきたことです。

今回の急速充電器についても、ジャパン方式が国際標準になれば日本メーカーにとっては新たなビジネスを拡大するうえで圧倒的優位に立てます。しかし一方では、ドイツのダイムラー、米国のGM、フォードなどもそれぞれの方式で標準化を目指しており、国際標準化機構(ISO)などでも規格統一、標準化に関する議論が始まっています。

特に欧州と米国の動きには、過去の経験からみても注視すべきだと考えます。いかに技術が優れていてもスタンダードを勝ち取らなければ、新しいビジネス、巨大産業の創出は困難です。これからは技術的優位性と必要性をアピールする啓発活動やロビー活動を含めたパブリック・リレーションズ(PR)活動が重要になってきます。このような場合、広告で目的達成することには手法や費用の面から見ても無理があります。

前述のように、日本市場だけのビジネスで採算がとれていた時代は良いのですが、これからはそうはいきません。携帯電話でも日本型の高機能化追求よりもiPhoneのようなスマートフォンによる高機能化やさまざまなフリーのサービス提供モデルは、あっという間に大きなうねりとして日本にも上陸。

さらには中国やインドでもこの流れは加速し世界規模の大きなビジネスになっていますが、ここでも日本メーカーはこれまでの経験や技術力を生かせず苦戦しています。

こうしてみると電気自動車の急速充電器の世界標準化の動きは、単に一つの産業界の話ではないことが分かるはずです。世界規模の新しい産業、ビジネスを創出するうえで日本がどのような役割を果たしていけるかの試金石になるのではないでしょうか。

日本はこれまで、ものづくりで世界をリードしてきました。しかしどんなに良い技術、製品でも消費者に受け入れられないような技術や製品はビジネスとしては成り立ちません。これからは世界中の消費者に向けてものづくり技術とそれを生かしたサービス、そのインフラも含めてシステムとして提案していく必要があると思うのです。

特に、グリーン・エネルギーや新幹線、リニア・モーターなど輸送システムの海外進出、先端医療、安全性の高い原子力など、将来1億3千万人の国民を食べさせていくことができるような有望な産業を育てていくには、政府主導の産学官連携がこれまで以上に重要になってきます。

優れた技術を基盤に、ある国向けには少しデザイン自体を変える、またある国向けにはサービス内容に工夫を加えるなど、よりきめ細やかなビジネス戦略が必要になってきます。いまの日本企業・日本人にはまだそれができる基盤があるはずです。いま日本に最も求められているのは、“世界一じゃないといけないのですか?”ではなく、“世界一を目指しましょう”の精神で、政府が先頭に立って旗を振ることだと思うのです。

目的達成のために企業トップが自ら語り、グローバル市場での成功を得るために、日本企業にはいまこそPRを戦略的に駆使することが求められています。さまざまなパブリックやステークホルダーとのリレーションシップ・マネジメント(良好な関係性の維持)であるパブリック・リレーションズ(PR)は不可欠な手法なのです。

投稿者 Inoue: 09:22 | トラックバック

2010年03月15日

聖書は生きる知恵の宝庫
 ?『聖書に隠された成功法則』その2

こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。

先日当ブログで、松島修さん著作の『聖書に隠された成功法則』(2010、サンマーク出版)をご紹介したばかりですが、同書は発売直後のアマゾン・ランキングで総合1位(2月23?24日)になったそうです。そして発売1週間で第3刷が決定されたようで、ハイスピードでその人気を高めています。サンマーク出版は、読売新聞(関東は3月11日、関西は12日実施)や日経本紙への広告出稿(いずれも半5段)を行うなど、販売にもかなり注力しているようです。

■いま聖書が注目されている
最近は隔週誌「Pen」の3月1日号でも「キリスト教とは何か」という特集が全体の紙面の2/3以上を割いて組まれています。また、新潮社の季刊誌「考える人」でも春号(4月3日発売)で特集として「はじめて読む聖書」が予定されています。

聖書というモチーフが一般のメディアで積極的に扱われ始めたのも、聖書が難しい時代を生きる私たちに語りかける力があるからなのでしょうか、時代の流れを感じます。

松島修氏

時代といえば著者の松島修さん(写真右)は、日本で最大規模の顧客数を持つ投資コンサルタントとして現在の世界金融恐慌を予測し、事前に自身のメルマガ等で「2007年6月7日で、すべての投資を止めるように」と投資家に警告を発した人としても知られています。

実際に2007年6月12日には、数年間上がり続けた長期米国債の金利がピークに達し、株から債券にお金の動きが逆流し始め、金融収縮が始まっています。株価のピークも6月のこの時期。

この動きは、後のリーマンショックによる株式相場の大暴落につながっていきます。松島さんの予測は的中。金融の現場からどのように時代を見分けて予測したのかは企業秘密なのでしょうが、松島さんは聖書から時代の分岐点がこの時期にあると考え、警告を発したといいます。興味深いところです。

■「4つの生き物」を使った性格診断
ところで、松島さんの著書の中で登場し、前回のこのブログでも紹介した「4つの生き物」を使った性格診断が、ウェブサイトでも登場しています。「聖書に隠された4つの性格診断」http://www.seikaku.com/ (「性格ドットコム」)です。

聖書に登場する、4つの顔を持つ天使の名前から「ケルビム・パターン」と名づけられていますが、このサイトを使うと、自分の性質を「獅子」「牛」「人」「鷲」の4つのタイプ別に簡単にチェックできます。松島さんの本職に合わせた投資・トレード向けの性格診断や、著書に合わせた成功のための性格診断などが用意され、診断に合わせた解説やアドバイスも掲載されています。

なかでも面白いのは、4つのタイプ別に「うつ病対処法」が掲載されていることです。「成功法則のパターンもそれぞれの気質によって異なる部分と、万人に共通する部分とがあります。うつ対策でも各タイプ別の対処法と、万人共通の対処法とは異なってきます。つまり、表面的には誰もが同じうつ症状のように見えても、その原因や必要な対応は異なってくるのです。このことを気付かないまま対処すると、前述のようにかえって症状を悪化させることすらありえるのです。」(同ウェブサイトより)

松島さんは、すべてのうつ病に共通する要因は、まず「未来への希望・将来への夢が持てないこと」だと述べています。次に4つのタイプ別の要因を解説し、獅子タイプ(外向型)は、「閉鎖的な環境と、周囲からの拒絶」に弱く、雄牛タイプ(目的志向型)は「期待していた成果や報いが得られなかったとき」にダメージを受ける、などそれぞれのうつ病の「傾向」や「うつ要因」、「対策」そして「周囲のサポート」などについて紹介しています。

人の性格によってカウンセリングを行うことは専門家にとっても難しいようですが、松島さんの独創的な分析方法は明快です。このほかにも「性格ドットコム」には、「ケルビム・パターン別恋愛対策」など、若い人たちの間で流行りそうな内容が盛り込まれた性格診断が近々登場する予定だそうです。

これらを見ていくと、1つのアイデアを広めていくときに、人々にアプローチできる角度がどれだけあるかを洞察する重要性が判ります。これは、パブリック・リレーションズ(PR)における個人の情報結節点の概念でもあります。ひとりの人が投資家であり、読者であり、うつ患者の介護人、そして恋人ということになるけです。

現代社会に生きるさまざまな人々を理解し、彼らとの多様な接点を築き上げていくノウハウは、これからより一層必要とされていくのではないでしょうか。

投稿者 Inoue: 09:30 | トラックバック

2010年03月08日

家族力大賞 ‘09
 ?家族や地域の「きずな」を強めよう

家族力大賞‘09


こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。

先月、第3回目となる「家族力大賞‘09」(エッセイ・コンテスト)の贈賞式が京王プラザホテルで行われました。このエッセイ・コンテストは、東京都社会福祉協議会(古川貞二郎会長)が家族や地域社会との関係性を、よりよい社会実現のために強めていくことを目的に2007年度より開催。「家族力大賞」は前会長でアメリカンファミリー生命保険最高顧問の大竹美喜さんの発案によるもので、崩壊する家庭や地域社会に力を与えたいとの強い思いが込められています。

3回目の今年は、家族や地域がどのように「きずな」を広げていくのかがテーマで、応募作品の中から14作品が入賞しました。式典の冒頭、古川会長のスピーチは印象深いものでした。マザー・テレサの「愛の言葉」の中にある「私たちは忙しすぎます。ほほえみを交わすひまさえありません。これは大きな貧困です」という1節を引用し、「ほほえみが、他の人に伝わり、その人がまた人に伝えます。『家族力大賞』がテーマとしている『きずな』も、1つのほほえみからはじまる…」と述べています。

特に今回の応募について、「…大変厳しい状況にあっても、ほほえみを忘れず、困難をのりきってきた事例」とコメントしています。

本コンテストの運営委員長は昨年までの金子郁容(慶大教授)さんから新しく袖井孝子(お茶の水女子大学名誉教授)さんに代わり、私も運営委員のひとりとしてこのコンテストに関わっています。今回は、14作品の中でも地方から上京して成長していく二人の若い女性の作品を紹介したいと思います。

■福岡娘が出会った東京のお母さん
「『お母さん、ただいま』東京の下町。学校帰りに私はいつも、居酒屋をひとりで切り盛りしているお母さんの店を訪ねる。『おかえり!ほら、これだよ、持って帰んな!!』お母さんはいつも元気に笑って迎えてくれる」。このエッセイは、石井芳佳さんの作品。筑波大学に通う学生で、「東京都知事賞」を受賞した作品(「みんなが、笑った?下町が教えてくれた家族愛?」)です。

文章は続きます。「今日はお母さんから『きのこご飯炊いたからとりにおいで』とメールが入っていたので受けとりにきた。カウンターに置かれた、きのこご飯がぎっしりと入ったまだふたをしていないタッパーからはふわふわと湯気が出て美味しそうなかおりが漂ってくる」。「…今日学校でねえ…」と芳佳さんはお母さんにその日あったことを報告します。

「『今日も元気がいいねえ』カウンターにいる常連さんがにこにこ笑っている。『わたし、娘がいなかったから可愛くてしょうがないの。こんな日本酒ばっかのむおっさんだけどね…なんちゃって』そういってお母さんはエプロンを顔にあて笑う。だから照れくさくなって私も笑う」。ここに登場する「お母さん」と作者の石井芳佳さんの間には血のつながりはなく、読んでいくうちに彼女の行きつけの居酒屋のママさんと常連客の関係であることが判ります。

彼女の故郷は福岡。彼女は人と人が笑いあい、つながりあっていくことに人一倍幸せを感じていることを吐露しています。しかしここに至るまでの彼女の道のりは遠かったといいます。「私は父を憎み、母を憎んでいた。家族愛に飢え、むしろ冷め切っていたのだ。(中略)それぞれの心が悲鳴をあげていた」。厳格な父、勘当された姉。毎日息がつまりそうな喧騒から逃れたい。石井さんはそんな思いで反対を押し切って大学進学で上京し、ほとんど帰省することはありませんでした。

しかし福岡から一人ぼっちで引っ越してきた東京の下町の商店街では、威勢よく声を張る八百屋さんや魚屋さん。お客さん同士が井戸端会議で賑わい、銭湯に行けばわいわいと盛り上がり、町内総出の運動会や年中無休のラジオ体操、お祭りなどでつながりが広がっていくのを石井さんは感じるのでした。ある冬の夜に居酒屋のお母さんから酉の市に連れて行ってもらいます。熊手を買い商売繁盛を祈願。屋台でたくさん買い物をしてもらい、本当の親子のように感じるのでした。

これらの体験を通して、石井さんは家族の在り方について考えることになります。そして家族の笑い顔を見るために福岡を離れていた姉といっしょに帰省し、戸惑いを感じながらも最後は家族4人で食卓を囲みながら父親からの痛悔のことばとともに、親子の涙の和解がなされたのでした。

「人には色んな考え方がある。色んな生き方がある。(中略)私がここで目にしたものは、それを伝えあい共有しあえる場があるということなのだ」。石井さんのエッセイは最後に、「我が家が家族だということ、家族は素晴らしいものだということをここの家族のような付き合いの中に教わった。」ということばで締めくくられています。

■世代を超えた出会い
次に紹介するのは、四国香川で育ち大学進学で上京した若い女性と90年も生きてきた女性との出会いを中心に書かれた河本明代さんのエッセイ。「運営委員会委員長賞」受賞作品(「世代を越えた出会いが教えてくれたこと」)です。

河本さんは香川から大学受験で東京の水道(冷水)だけ出る家賃2万円のアパートから塾通いをしていたときに、銭湯で足の不自由なお婆ちゃんと知り合います。

その銭湯で、あるとき河本さんは勇気を出してお婆ちゃんに話しかけます。それがきっかけに、東京生まれのお婆ちゃんと田舎育ちの若い娘さんの交流が始まるのでした。毎日銭湯で顔を合せては多くの会話を重ねていきます。やがて自宅に遊びに行ったり料理も教えてもらうようになります。

しかし、翌年念願の大学に受かってから毎日会う機会も少なくなっていきます。そして卒業を目近に控えたある日、河本さんがお婆ちゃんに会いに行ったときのこと。「あんなに明るかったお婆ちゃんが別人のように痩せて、寝たきりになっているのを見てショックのあまり声がかけられませんでした」。

「お婆ちゃんに、お寿司が食べたいから買ってきてといわれて外に出たとき、一気に大量の涙が頬を伝わってきました。お婆ちゃんと銭湯から一緒に帰っていた見なれた道」。目は涙であふれ寿司屋までの道がかすんだあの風景は今でも忘れられないと河本さんは述懐しています。そして、「あんなにしっかりしていたお婆ちゃんが何度も同じ話を繰り返す」。認知症にかかっていたのでしょうか、河本さんはそんなお婆ちゃんに心が痛むのでした。

お婆ちゃんから、最近、最愛の兄を亡くしたこと。とうとう一人になってしまったことを告げられます。今まで陽気なお婆ちゃんから、「寂しい」という言葉を初めて聞く河本さんは家族の存在の大きさを知ることになります。それから間もなく、彼女は介護の人からお婆ちゃんの訃報の連絡を受けます。

あれから10年、河本さんは別世界に感じていた東京で大学生活を過ごし、知識を得ることの面白さを学んだといいます。お婆ちゃんが薦める文庫本や哲学書を読んでは、一緒に意見や感想に付き合ってくれたおかげでした。そして河本さんは、就職先に放送局を選びます。その後多くの出会いがあったようですが、「お婆ちゃんは私の中では特別な存在」。「私もあのお婆ちゃんのように、将来自分の過去を新しい世代の人たちに伝えて、何かを感じ取ってもらえる人になれるように」。そんな人間になることを考えているようです。

2つの作品に共通するのは、地方から上京した若者が、人間関係が希薄といわれる東京でめぐり会った人びとと「きずな」で結ばれ、優しさと知恵を糧に大人に成長していく模様が描かれていることです。

以上の作品以外に、薬物依存症の息子さんを抱え、夫婦が正面から問題に取り組むことで周囲の人に助けられ家族の絆を強めていく、SS幸子はあもにい さんの、「幸せは足元に」(東京都社会福祉協議会会長賞)。20数年前38歳で交通事故にあい全身麻痺になった藤川景さんの「優しさに包まれて」(東京新聞賞)など。どの作品もその底流には優しさと愛があります。そして家族や社会とのきずなが描かれています。

これらの作品を読んで感じたことは、みんな自分の身の回りに起きた事件や困難な問題から目をそむけることなく、それらを糧にして新しい取り組みを行っているということです。

パブリック・リレーションズ(PR)は「絆(きずな)」づくり。殺伐とした日本社会が輝きを取り戻すようにインター・メディエーターとして社会で責任を果たすことが求められているのです。

*上の写真の作品集『家族力大賞 ’09?家族や地域の「きずな」を強めよう』には、14編の作品が紹介されています。社会福祉法人 東京都社会福祉協議会が発行元です。非売品ですが、30冊程度であればプレゼント可能だそうです。興味をお持ちの方は連絡してみてはいかがでしょうか。

<家族力大賞事務局>
Tel:03-5283-6894
Fax:03-5283-6997
e-mail: tomin-kigyou@tcsw.tvac.or.jp

投稿者 Inoue: 09:34 | トラックバック

2010年03月01日

JICA広報研修の講師を務めて
 ?中南米・カリブ地域から25名の研修生を迎えて

こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか?

今回は、JICA(独立行政法人国際協力機構)が中南米・カリブ諸国で支援するODA事業に携わる現地組織体の広報関係者を日本に招き実施した広報研修についてお話しします。この広報研修は、国民の税金を基盤とするJICAのODA事業に対する理解を研修参加者に深めていただくとともに、パブリック・リレーションズ(PR)に対するスキル向上を目的としたものでした。研修の正式名は「中南米・カリブ地域における円借款事業の現地事業広報スキル向上支援事業」。

期間は2月8日?19日の2週間で、ペルー、ブラジル、グアテマラ、パナマ、エルサルバドル、コスタリカ、コロンビア、パラグアイの8カ国から25名の研修員が参加。会場は、JICAの東京国際センターで開催されました。

■パブリシティは「フリー・プレス」
この広報研修では、パブリック・リレーションズ理論やゲスト・スピーカーによる内外の公共事業における事例紹介、施設見学(東京電力の電力館や川崎発電所)、課題に対するアクション・プラン作成など充実したプログラムが組まれました。

私は「広報の基本概念」と「さまざまなリレーションズ」、「広報と倫理/クライシス・コミュニケーション」、そして「広報計画の立て方(プログラム作り、目標設定、ターゲット、戦略など)」といった4つの講座の講師を務めました(下の写真)。

「広報の基本概念」では歴史的経緯を踏まえた広報の基本的な考え方をはじめ広報の持つ双方向性や「自己修正モデル」、パブリック・リレーションズの専門家に求められる資質(5つの条件/10の資質・能力)について講義。

「さまざまなリレーションズ」ではコア・コンピタンスとしてのメディア・リレーションズを中心に各ステーク・ホルダーへのさまざまなリレーションズについて。また、「広報と倫理/クライシス・コミュニケーション」では特にグローバル・スタンダードに合致した広報活動のための倫理観とクライシス・コミュニケーションについて講義しました。

そして、「広報計画の立て方(プログラム作り、目標設定、ターゲット、戦略など)」では、パブリック・リレーションズの倫理観をベースに目標達成のための戦略構築やライフサイクル・モデルに基づいた広報プログラム設計。加えて活動評価の重要性を伝え、報道分析など効果測定の手法を紹介しました。

JICA広報研修の講師を務めて

この研修の講義資料は全てスペイン語で用意され、講義内容もスペイン語に通訳されて研修員に伝えられたのですが、その中で面白い体験をしました。それは翻訳に関わる問題。私の講義の中のメディア・リレーションズの講義資料のパブリシティ(Publicity)という用語の解釈についての混乱で、Publicityがスペイン語では「Publicidad」と訳されていたことに起因していたのです。

この用語が講義の中で何回か登場するのですが、私が講義でパブリシティという言葉を口にする度に研修員の反応がおかしいので確認すると、Publicidadはお金を払ってメディアに記事や情報を掲載する宣伝・広告の意味であることを知らされました。私たちが通常使う意味のパブリシティは、中南米・カリブ地域では「フリー・プレス(Free Press)」というそうです。

■日本から中南米・カリブ諸国へ
今回の広報研修はJICAにとってはじめての試み。JICA広報ガイドラインには“ONE WISH, ONE WILL”というスローガンがあります。その広報目的を、「JICAの目指す世界を創り出すための活動に、理解・共感・支持・参画してもらうこと」としています。まさに日本のソフト・パワーを世界に示す格好のプロジェクトといえます。

研修員の多くはJICAから円借款を受けて、現地で上下水道整備事業や環境改善事業、地域道路整備事業、水力発電所建設事業そして公共サービス改善事業などを実施するさまざまな組織体で広報分野やプロジェクト推進を担うリーダー。男女約半々で、年齢も20代から50代まで幅広く、広報経験が初めての人や(少人数)20年近い経験を持つ人などバラエティに富んでいました。

ラテン・アメリカの人は、日本人の持つイメージ通りの陽気な人たちでした。授業では一言も聞きもらすまいとする熱意と意欲が伝わってくる一方、休憩時間には母国から持ってきたチョコレートやドライ・フルーツなどを差し入れてくれます。中には、日本留学経験者もいて片言の日本語も聞こえてきます。

ご存知の通り、パブリック・リレーションズは戦後、GHQが日本の民主化のために持ち込んできた手法であり、概念です。それから60余年、多くの諸先輩が試行錯誤を繰り返し、私たちの世代に引き継がれてきました。

今回の広報研修を通して、パブリック・リレーションズの手法・概念が、今度は私たちから地球の裏側の中南米・カリブ諸国へと伝播していくことを想うと、実に感慨深いものがあります。また私にとっては、異文化体験も含め大変楽しい講義となりました。こうした機会を与えてくださったJICAをはじめ関係者の方々に感謝するばかりです。

研修会の最終日に行われたお別れパーティでは、プレゼント交換やJICA職員も交えた写真撮影など2週間を共にした仲間が別れを惜しみました。

投稿者 Inoue: 09:00 | トラックバック