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2010年01月25日

ルノワール、「伝統と革新」
?日本のアイデンティティが問われている

六本木・国立新美術館


こんにちは、井之上 喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?

忙中閑あり。新しい年が始まったばかりで何かと忙しい日々を過ごしていますが、すこし時間がとれたので、週末、六本木にある国立新美術館(写真)で開催したばかりのルノワール展(1月20日?4月5日)に出かけてきました。フランス印象派の巨匠で「幸福の画家」として世界中の多くの人々に親しまれている画家ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)。印象派の中でもっとも筆触の多様性を追求したルノワールの世界に、数時間たっぷり漬かってきました。

ルノワールと初めて出会ったのは1980年代後半、パリの「オルセー美術館」でした。その柔らかな筆使いや輝かしい色彩は見る人の心をなごませます。今回の展示テーマである「伝統と革新」はなぜか私の興味を引きました。

■創造性の原点は何か?
国立新美術館は、この1月で開館3年を迎えましたがコレクションを持たない代わりに、広い展示スペースを生かし多彩な展覧会の開催、「美術」に関するさまざまな情報や資料の収集、教育普及などアート・センターとしての役割を果たす、新しいタイプの美術館として注目されています。

今回のルノワール展には、ボストン美術館、ワシントン・ナショナル・ギャラリー、オルセー美術館、ポーラ美術館、大原美術館など国内外のコレクションから「アンリオ夫人」「ブージヴァルのダンス」「勝利のビーナス」「本を持つ少年」「イチゴのある静物」「水浴の後」「休息」など85点が持ち運ばれ紹介されていました。皆さんも思い浮かぶものがいくつかあるのではないでしょうか。

展示は第1章「ルノワールへの旅」、第2章「身体表現」、第3章「花と装飾画」そして第4章「ファッションとロココの伝統」と4つのテーマ展示がされていました。ルノワールの画家としての歴史を若き日の印象主義の時代、40代の模索と試作の時代、そして50代から晩年の集大成の時代まで、画家として、そして人間としてのルノワールの足跡をたどることができました。

解説によると、画家としていずれの時代でもモダニズム(近代主義)と伝統の間で常に模索を続けていることと、ルノワールを取り巻く人々が、モデルとなった若き女優や文学者、画商やその家族など多彩である―としており、そこに常に自分の理想を追求し続けた人間ルノワールの姿が見えてきました。あなたはどの時代のルノワールが好きですか?同窓にモネなどがいたグレールの画塾での修行時代から印象主義の時代ですか、あるいは豊かな量感と生命感あふれる裸婦像の時代でしょうか、それとも風景画や静物画でしょうか。

展示の中で非常に興味深かったのが『光学調査』のコーナー。このコーナーでは、箱根のポーラ美術館が2007年から2009年にかけてルノワールの作品をX線や赤外線そして蛍光エックス線などを使い科学的に光学調査した結果を展示していました。

その結果として40代の作品では輪郭を2重に描きふっくらとした量感を出していたこと、下書きでは長い髪であったものがまとめ髪になっていたりと、1枚の作品でもさまざまな模索がなされていたことが分かったそうです。また材料や技法についてのさまざまな模索の結果、晩年のルノワールの大らかで何とも言えない深みのある表現方法が完成されたことが、科学的調査でわかったことでした。

■日本そして日本人のアイデンティティはどこにあるのか
画家を目指す前のルノワールは、皿や壺に18世紀のロココ調の絵画を写す絵付け職人だったそうです。そうしたことも頭に入れながら展示会場を順に眺めてみると、人の身近にあって喜びを与えるものの創造をめざし、若き日々から晩年までの模索の連続が“伝統と革新”を融合させる今回の展示テーマになっているのもなんとなくわかるような気がしました。

私が印象に残ったのは今回のパンフレットにも使われている「団扇(うちわ)を持つ若い女」でした。1880年ごろの作品だそうですが、1878年に開催されたパリ万国博覧会への日本からの美術品出展などにより、ジャポニスムが頂点にあったころの作品で、日本の団扇や菊のような花がモデルとなったコメディ・フランセーズの人気女優を彩っています。

日本的なところにも心惹かれたのかもしれませんが、全体を支配する、わくわくするような色彩とともに背景右側の縦縞と左側の花のコントラストの中で女性が生き生きと描かれているのが印象的でした。

ジャポニスムは単なる一過性の流行ではなく、欧州を中心とし世界の先進国で30年以上も続いた運動。明治初期、文明開化とともに日本では浮世絵などの日本美術が急速に求心力を失う一方で、ヨーロッパで日本美術が絶大な評価を受けていたことは実に皮肉なことです。

日本美術から影響を受けたアーティストは他に、ボナール、マネ、ロートレック、ドガ、ホイッスラー、モネ、ゴッホ、ゴーギャン、クリムトなど枚挙にいとまがありません。それまで、近代的な表現技法に行き詰まりを見せていた西洋絵画が日本美術から多大な影響を受けていたのです。

日本という国、そしてそこに住む我々日本人はいま、アイデンティティを失いつつあります。政治・経済での迷走、技術分野でも一時期の輝きを失い、圧倒的なパワーを持つ中国やインドなどの勢いに委縮しているようにさえみえます。しかし、日本の伝統を生かしながら世界に打って出る方策は必ずあるはずです。今こそ模索の連続の中からひと筆で描ける自分を見つけ出す時なのかも知れません。

美術館からの帰り道、六本木の路地裏に流れるリヤカーを引いた豆腐売りのラッパの音が妙に心に響いた夕暮れでした。

投稿者 Inoue: 08:50 | トラックバック

2010年01月18日

CESから読む新しいグローバル化の潮流
 〜世界最大のコンシューマ・エレクトロニクス・ショー

こんにちは井之上 喬です。
世界的な寒波が襲来していますが、皆さんいかがお過ごしですか?

井之上パブリックリレーションズ(井之上PR)は、おかげさまで2010年に設立40周年を迎えます。海外企業とのビジネスが比較的多く、これまでもさまざまな国際的な企業へのパブリック・リレーションズ(PR)のカウンセリングや外国政府・自治体による貿易・投資促進キャンペーン、またグローバルな各種展示会などの企画・運営そしてオンサイト・サポートなどで実績を残しています。

そのなかで世界最大の家電見本市である、インターナショナル・コンシューマ・エレクトロニクス・ショー(CES)の開催母体の米国家電協会(CEA)に対しても、日本市場向けのPRコンサルテーションや開催期間中の現地へのメディアツアーの実施など幅広いサービスを提供しています。CESは毎年1月初めに米国ラスベガスで開催されていますが、今回は、新年早々現地入りした井之上PRスタッフからの報告も含め、年初のこの一大イベント(CES2010)から新しいグローバル化の流れを探ってみたいと思います。

■民生機器は日本メーカーの牙城?
今年のCES2010(1月7日?10日)は、主催者の発表で米国をはじめ海外100カ国以上から2,500社を超える出展社数で、そのうち約300社が新規出展し展示総数は2万点以上。また業界関係者だけを対象としたこの見本市の見込み来場者数は前年並みの11万人(実数発表は5月)。出展社の会場では風力発電による電気を使用するなど、CES2010は世界的に関心が高まっている「環境にやさしい見本市」をテーマに開催されました。

今年は、バンクーバー冬季オリンピックやサッカーワールドカップを控え、電機各社が3Dに対応したフラット・パネル・デスプレイTV(FPD-TV)の最先端製品を展示、先陣争いをしています。民生機器の代表選手であるFPD-TV市場は、パナソニック、シャープ、ソニーなどの日本メーカーがこれまで業界をリードしてきましたが、LED(発光ダイオード)TVにも力を入れるサムスン電子(写真左下)やLG電子など韓国勢が世界規模で販売を伸ばし2009年のシェアでは韓国勢に対し日本勢は大きく離されたと業界のアナリストは分析しているようです。

秋葉原の大型家電量販店などの店頭には日本メーカーの大型FPD-TVが所狭しと並んでおり、2009年末商戦でもエコポイント効果もあり台数ベースで前年同月比65.5%増、金額ベースでも42.7%増と好調だったようです(BCN調べ)。日本にいるとFPD-TVの牙城は日本メーカーが守っていると思いがちですが、CES2010では韓国勢に加えHaierやHisense、TCLなど中国メーカーが昨年とは比べ物にならないほど大きなブースを出展していました。

関係者によると、「昨年10月に開催されたCEATECでは見られなかった光景」。ここでも中国勢の躍進が肌で感じられました。HisenseのCEOはCES2010のキーノート・スピーチ(基調講演)の一角にマイクロソフト、インテル、フォードなどのCEOと並び登場していました。ちなみに日本メーカーのトップのキーノート登場はなかったようです。

CES2010

■新規分野で覇権を確実に
CES2010の目玉は何と言っても3D(3次元)TV。CES2009でも兆しは見られましたが今年は「3D元年」といわれるように、3次元立体放送に対応した3Dテレビが一気に開花しようとしています。特に前述のFPD-TV市場で韓国勢にシェアを奪われた日本メーカーは、3次元対応の薄型テレビでの先陣争いに乗り遅れまいとの意欲が強く感じられました。

CES2010で展示・発表された製品を見ても、パナソニック、東芝、ソニーなどの製品は業界をリードする技術を集積したもので、新しいビジネス創出の可能性を大いに感じさせるものでした。これまで世界の新規市場をリードしてきた日本メーカーですが、果たしてこのまま順調に、新しい分野である3DTVで世界をリードすることができるのでしょうか?

井之上PRのスタッフの一人が、「日本メーカーに期待することは何か?」とCEAの幹部に質問を投げかけたときに返ってきた答えは次のようなものだったそうです。「日本メーカーは技術的にも優れている。業界で今後も重要な役割を果たしていくだろう。しかし、日本メーカーを目標にしてきた韓国企業などと比較すると、マーケティング力が劣っている。」と両者間のマーケティング力の差を指摘し、「例えば韓国メーカーは、FPD-TVの販売に関して米国、欧州などそれぞれの地域で徹底的なマーケット・リサーチを行い、その結果を細かいところに反映させ、デザイン変更を行なうなど成功に導いている。日本メーカーは技術だけではなく、マーケティングに立脚した製品開発にもこれまで以上に注力する必要があるのではないか。」

日本が高度成長を支えたときに語られていた、「良いものを作れば売れる」といった神話はもうすでに遠い過去の話です。これからはマーケティングを強化し、日本市場だけでなく中国をはじめインド、ブラジルなど新興国を含めた世界市場をターゲットとしたビジネスを展開していかなければ、日本の大手といえども生き残れなくなる、厳しい時代の到来が目前に迫ってきています。

日本メーカーは現在、3DTVで技術的には世界をリードしているといわれていますが、これをビジネスとして拡大してくためには、ハード面だけでなく3Dコンテンツなどの充実が不可欠。そして日本企業が苦手とする国際標準化の問題にも直面するはずです。

新規ビジネスを成功に導くためには、必要な要素は国籍を問わずさまざまな企業・団体と積極的に連携し、それらを取り込み競争力を強化する。グローバル・ビジネスでは当たり前のことですが、英知を集めて新しいビジネス分野を日本企業主導で創出して欲しいものです。なんとしてもこれ以上のジャパン・パッシングは回避しなければなりません。

日本企業にはアライアンスを組むにせよ、国際標準化を実現させるにせよ、強力なパブリック・リレーションズ(PR)なしには実現できないことを理解する必要があります。なぜなら競争原理が働くところでパブリック・リレーションズは大いに機能するからです。

投稿者 Inoue: 09:43 | トラックバック

2010年01月11日

北川正恭さんを授業に迎えて
 ?マニフェストの勝利

こんにちは井之上喬です。
今日1月11日は「成人の日」。皆さんいかがお過ごしですか?

先日、2004年4月にスタートした早稲田大学での私の授業「パブリック・リレーションズ概論」のゲスト・スピーカーに、同大学院公共経営研究科の北川正恭教授(前三重県知事)をお招きしました。北川先生は私の授業には2005年から登壇してくださっています。

北川さんはマニフェスト選挙の立役者。2003年の選挙から日本に導入したマニフェスト選挙は昨年7月の都議選に続き8月の衆議院議員選挙が総仕上げとなりました。1955年以来の自民党の長期政権を倒し、選挙によって初めて民主党政権を誕生させました。今回の講義では、マニフェスト選挙が果たした役割や民主主義社会を完成させるために何をなすべきなのか。これから社会人となっていく、若者への強いメッセージが込められていました。

■結実したマニフェスト選挙
昨年8月の衆議院議員選挙はマニフェスト選挙として各党が政権公約を掲げました。メディアも各党のマニフェストを紹介し国民への投票行動を促しました。その結果選挙民は、マニフェストがより明確で国民目線をもった民主党を、次の政権党として希望を託す相手として選択したといえます。

北川教授は、「これまで日本の選挙は政策で争われることなく、お願いや陳情に訴えてきた」とし、選挙は「地盤」「看板」「鞄」の「ドブ板的なキャンペーンにしがみついてきた結果が860兆円の借金をつくった」。そして一票による投票で55年体制を壊し、政権交代で国民主権を実現したとしています。「マニフェストはお願いから、約束に変えるために提唱されたもの」とし、マニフェストが国民への約束事のために使われだしたと語りました。

北川さんはまた、気象学者エドワード・ローレンツの「北京の蝶々」のたとえ話を引き出し、「北京で一羽の蝶々が羽ばたくとニューヨークでハリケーンが生じる」とバタフライ効果について話をし、江戸末期に、坂本竜馬が羽ばたくと共鳴して、西郷隆盛、勝海舟らが羽ばたき、次から次へ共鳴者による羽ばたきで明治維新が実現したと語っています。マニフェストで一羽の蝶々を羽ばたかせ、他の知事が共鳴しマニフェストが鳴り全国へ伝播されたと語っています。

また、「戦後、世界で50年以上も政権が変わっていない国は、日本以外にキューバと北朝鮮だけ」と断じ、日本は「世界第二の経済大国とはいわれても、民主国家といわれたことはなかった」と日本の未成熟な民主主義を指摘。しかし、権力の交代は通常武力戦争によってなされ、「一票による革命で政権交代できる国は世界200カ国のうちわずかしかない。今回の日本の歴史的な政権交代は、『一票による革命』で実現した」と、先達が54年間、営々と積み重ねてきたものが初めて実現したことは、世界に誇りうることで大いに情報発信が可能としました。

北川さんは、「民主主義は民が主力の制度、民が主権者だからこそツー・ウエイ性を有するパブリック・リレーションズ(PR)が機能し、新しい時代にあった政治行政が行われなければならない」と情報公開が進むことで、政治のありようも変わり、パブリック・リレーションズがより求められることを強調。

しかし「マニフェストは特定の政党を応援するものではない」とも説いています。むしろ真の民主主義国家において、「政権党がマニフェストを思うように具体化できないときは、国民は次の選挙で政権交代させることができる。」とし、今回の選挙同様、国民の一票で政権交代を実現させ新しい政党を選択することができるとしました。私たちはあまり自覚していないことかもしれませんが、今回の選挙を通して国民有権者が「一票の重み」について身をもって体験したといえます。

一票で、民意が権力者を交代させた。国民の民意で政治が変わるようにしなければならない。民主党への期待は高いが、今回4年に1回で枠組みが変わるとは思えません。北川さんは「10-15年に1回政権交代させる文化をつくることが大切。なぜなら長期政権は権力を腐敗させる」と自身の三重県知事時代の経験を語り、「失政すれば政権は崩壊することを3?4回行えば日本は真の民主国家になる」と将来起こるべきイメージを話してくれました。

■若者へのメッセージ
北川教授は、日本の財政の現状に触れ、「国の860兆円の借金は私たちの世代がしでかしたこと。我々国民が政治家や官僚に白紙委任状を出し続けてきた結果」であることを反省。お任せ政治を許し、甘えたい放題甘えた結果、借金を作ってしまったと新しい世代の人に向かって謝罪。

また、民主主義は生活者・国民の視点が必要であるとし、日本の「納税者」はアメリカでは「タックス・ペイヤー(tax payer)」と表現。両者の違いは、日本では国家の立場から見て、「税金を納める人」、反対に米国では支払う人の立場でタックス・ペイヤー。この逆は「タックス・イーター(tax eater)」つまり政治家や役人を指し、これまで国の説明責任はタックス・イーターに行われていたとし、タックス・ペイヤーとしての自覚をもち説明責任を求めるべきことを強調。

以前福田赳夫首相(1976-1978)は日本の政治レベルの低さを憂いて国民のガバナビリティ(被統治者能力)について語っていましたが、北川さんは、「政治家のレベルはその市民のレベル」。権力を持っているのは国民であることを自覚し、「特定の権力者をつくろうとせず、民主主義政治の質を高めなければならない」。そして、「将来前世代が贅沢三昧をし、抱え込んだ借金を皆さんが返さなければならなくなる、ゆえに投票に行ってもらいたい」と強く訴えたのです。

北川教授は、地元三重にもつながる近江商人の「三方よし」、つまり「売り手よし」、「買い手よし」、「世間よし」の考え方を英語に言い換えるとCSRになるとしています。「法律」だけにとらわれず、また売り上げも利益も大切であるが、「浮いた利益」だけを求めず、「道義的にお天道様に恥じないような生き方をこそ再認識しなければならない」と訴えました。

そして「お天道様に説明責任のつくビジネスができなければならない」とし、企業が永続的にサスティナブルであるためには、コミュニティに対しきちっと責任を取っていなければだめだとしています。そのためには基本に倫理観と責任感が確保される必要性を説いています。

北川さんは、人間は固定概念に縛られやすい。その場を支配する空気(ドミナント・ロジック)に流されやすいとし、物事の変化はそんな自分に「気づく」ことから始まると語っています。「改革」も最初はまず「気づき」から始まり、「共鳴」、「誘発」、「相互作用」、「爆発」の過程を踏むことで物事が成就するとし、最初に気づいたことを行動に起こさなければ何も始まらないと指摘しています。

講義の後に学生の質問にも答え、民主主義の思想を高めるためには、マニフェストは一つの道具。お天道様に誓うことは「神に誓う」ことで、まさにマニフェストは「神に誓う」ものである。これを持っているかどうかで人生は決まる。そして常に新しさを求めて変化し続けることこそ松尾芭蕉の「不易流行(変化こそ普遍)」の精神であるとしました。

人があっての自分。素晴らしい家族、みんなそろって正月が迎えられ、人として堂々と誇れる人生をおくり、組織、地域をつくり上げてもらいたい。いくつになっても、「万年青年のようなみずみずしさが大切」と説いています。新しい世代への反省と愛情のこもったメッセージでした。北川さん、ありがとうございました。

投稿者 Inoue: 09:57 | トラックバック

2010年01月04日

新年号 情報発信を通して世界のリーダーに
 ?パブリック・リレーションズの使命

新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

昨年は政治と国民が融合した年であったように思います。1月の米国オバマ大統領の就任に始まり、8月の政権交代による日本の鳩山首相の誕生から新政権の施策に至るまでのプロセスは、私たちに政治をこれまでになく身近に感じさせてくれました。今年はどのような年になるのでしょうか?

「日本はデフレ・スパイラルに陥った」、「日本経済の2番底がくる」、「日米関係はどうなるのか?」、「少子化問題をどうするのか?」などなど、日本にとって問題は山積しています。

■相互理解と情報共有化が鍵に
21世紀になって10年が経とうとしています。20世紀は、多くの国家を巻き込んだ2つの大戦をはさみ、多数の人命を犠牲にして歴史を刻んだ世紀といえますが、21世紀は初頭においてさまざまな問題がグローバル化しています。国家間の戦争は局地的なものになってきてはいるものの、宗教や文化的な違いによる民族間の衝突が世界的混乱に拡大する危惧さえ持たれています。

これらの混乱の多くは相互不信からきていることが分かります。相互不信は一般的に、情報が互いにシェアされていないことから起き、相互理解の欠如の結果としてもたらされる場合が多いといえます。世界の紛争の歴史は情報が共有されない相互不信の歴史でもありました。IT・ネット時代の今日、人類が同じ過ちを繰り返さないためにも、対称性を持った情報が共有されなければならないのです。

情報が共有されることにより、複数の国家を政治、経済の面で統合させることも可能なことは欧州連合(EU)を見ていてもわかります。欧州何千年の歴史の中で初めて20を超える国家が統合されたことはもっと評価されていいのではないでしょうか?

2009年11月に、欧州連合(EU、加盟27カ国)で共通の大統領が選ばれました。新基本条約「リスボン条約」で新設される欧州理事会常任議長(俗称:EU大統領)にベルギーのファン・ロンパウ首相が就任し今月から正式にスタートしました。一方、EU外務・安全保障政策上級代表(俗称:EU外相)には、英国のキャサリン・アシュトン欧州委員(通商担当)が就任します。約5億人の大欧州を代表する「EUの顔」が出来上がったことになります。

私は90年代に、国際PR協会(IPRA:ロンドン)の本部役員をしていたときに、欧州人が情報共有に如何に秀でているかを思い知らされたことがあります。彼らはどのような些細なことでも議論し、相手の理解を得る努力をします。その根底に流れるのは相互尊重です。面白いことに、彼らは時として米国のメンバーと意見衝突することもありましたが、そのようなときは、概してシンプルでおうような米国人と、複数の言語を駆使し、物事をより多面的に捉える繊細なヨーロッパ人との情報共有に対する姿勢の違いがあったように思います。

情報共有のためには、常に自分たちの考えを国民や国際社会に伝えていかなければなりません。伝えることで相手からのフィードバックがあり、情報共有ができるからです。ある意味で政策実行を行う側は、国民や納税者に対して「説明責任」を持つことになります。自著「『説明責任』とは何か」(PHP研究所、2009)には説明責任を果たすためには、政策プログラムの作成および実行の段階で、それぞれ3つのフェーズ(段階)があることを記しました。

1)計画段階  2)実施段階  3)報告段階 の3つで、明確な目標設定とそれぞれの段階での進捗状況を知らせることで説明責任を果たすことになります。これはまさに対象となるターゲットとの関係で、情報を共有することにほかなりません。

■何を日本の切り札にするのか
毎日新聞が元旦の社説「2010 再建の年 発信力で未来に希望を」で面白い記事を書いていました。日本再建のためのヒントとして、大きな危機を克服して国の再建を果たしたとされる奈良時代の施策を紹介した後、日本文化の発信の必要性について次のように記しています。

「最後に強調したいのは文化の発信力だ。奈良時代、先進文明の吸収に励んだ人々は同時に独自の文化も創造していた。万葉集は天皇、皇族から防人、東国の民に至る幅広い作品を集め、今も愛唱されている。伝来の漢字を用いた『万葉仮名』は後のカタカナ、ひらがなにつながった。」と当時の外から貪欲に吸収しながらも独自文化を築いていたことに触れています。

また、「私たちは豊かな伝統文化を持っている。新しい文化と共鳴し、新たな創造に結びつくという優れた環境もある。例えば万葉以来受け継がれている和歌の世界では今も次々と新感覚の作品が生まれている。村上春樹氏の作品が世界的な支持を受け、映画やアニメ、日本食などが国際的に高い評価を得ているように、文化は日本が持つ重要資源である。
 日本の発信力を高めることが日本の再建にもつながる。人々が未来に希望を持てる国にしよう。」。まさにソフト・パワーを使うことの必要性を説いているわけですが、この社説に私は強い共感を得ました。

ひるがえって、いま世界は歴史上はじめてグローバル社会の中で、それぞれの国や民族がどのように共生すべきかを真剣に考えるようになったといえます。CO2問題は、海抜の低い島国であるツバル共和国を海底に沈めることになるでしょうし、南極や北極の氷を溶解させることによって世界の生態系や気象に異常をもたらし、地球の存続すら危うくする世界共通の問題として認識されています。

地球が生存するためには、抜本的な対策が必要なことは昨年12月のCOP15が明示しています。これらの問題でソリューションを持っている国は、限られた先進国、突き詰めると日本と米国の2国になるといっても過言ではありません。とくに省エネ、公害技術で日本は世界の最先端を走っているからです。

今こそ日本はその持てる力を十二分に発揮してコペルニクス的な産業構造の大転換を行う時が来ていると考えます。つまり、エネルギー源として石油・石炭を一切使用しないところから全てを組み立てていくことを考えることです。

2020年までに、日本のCO2を90年実績の25%減という数字は極めて困難と経済界は異論を唱えています。しかしながら3-4年で行うということではなく10年かけて行うことで、国家が真剣に、戦略的に目標意識をしっかり持って実行すれば、不可能なことではないと思うのです。これらには、既存の国家予算の中で行うのではなく、将来大きくリターンが見込める投資として、惜しげもなく資金を投下すべきであると考えます。これらは国民を勇気づけるだけではなく、強力な経済刺激策にもなるはずです。

こうして見ると情報の共有化にせよ、日本がそのプレゼンスを内外に示すことにおいても、手法としてのパブリック・リレーションズ(PR)が強く求められることが容易に理解できます。どんなにいい技術でも、知られなければ広く社会の役に立つことはできません。日本の持つ最先端の環境技術を世界に伝え知らせることで、人類が生存する上での共通テーマである地球環境問題で確実に世界のリーダーとなることが可能だからです。

今年がこれらのチャンスを具体化する年であることを願っています。

投稿者 Inoue: 09:55 | トラックバック