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2009年07月27日

衆議院解散
 ?混乱する自民党

今日は井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?


7月21日、ついに衆議院が解散しました。2008年9月25日、麻生政権が誕生してから10カ月後の解散。安倍政権を継いだ福田政権が崩壊し新たに誕生した麻生政権は、「選挙管理内閣」ともいわれた政権。就任後、前政権から引きずる社保庁問題や未贈有の世界同時不況にみまわれるなど、さながら暴風雨の中を漂う小舟のように操縦不能の状態が続いていました。

この日は自民党の中川秀直元幹事長らが要求した両院議員総会を開催することなく、代わりに両院議員参加の「懇談会」を開催。続いて衆院本会議では解散宣言がおこなわれ、政府はその後の臨時閣議で「8月18日公示、30日投開票」の衆院選日程を決定しました。8月投票は明治以来107年ぶりのこと。

■タイミングを外した自民党
多くの識者は今の状況を、「自民党は、1955年の結党以来選挙に大敗し、政権第一党の座を降りるのは避けられない」とみています。

解散前の自民党の議席は303。絶対安定多数(269議席)を占め、公明党の31議席を加えた与党の議席は、衆院で法案の再議決が可能な3分の2(320議席)を上回っていました。しかしこのままでは200議席はおろか100議席の前半がいいところという厳しい見方も出ています。

7月5日の静岡県知事選に敗北、続く12日の都議会議員選挙での大敗は自民党から民主党へ軸足を移そうとする選挙民の意思の表れと見ることができます。そんな中、自民党内の不満を抑え込んだ21日の解散宣言はあまりにもリスクが高いと言わざるをえません。

これまで、自民党には何度か解散のチャンスがありました。とりわけ3月12日 に 民主党小沢代表(当時)の公設第一秘書が逮捕された西松建設の違法献金事件は、民主党を厳しい状態に追い込みました。このときこそ自民党が選挙に勝つ絶好のタイミングだったと見ることができます。にもかかわらず自民党は解散を決断しませんでした。

自民党にとっては、まさに勝利の分水嶺だったはずです。3月末の千葉県知事選、4月上旬の秋田知事選における自民の勝利はそれらを裏づけているといえます。あるいは麻生総理は、7月のイタリアでのG8サミット(8日―10日)への出席まで、解散することを考えていなかったのでしょうか。

■潔さが大切
今回の与党自民党の解散劇は、国民の前にさまざまな内部崩壊の過程をみせつけ、国民の自民党からの離反を決定づけたといえます。一度下がったベクトルを上向かせることは至難のわざです。

雇用、年金・医療などの社会保障、教育、日常生活など大多数の国民の生活環境は悪化の一途をたどっています。長引く不況の中で民間企業は、給与カットや血のにじむようなリストラを行っています。その影響を受ける人々の生活。このような中で政治の空白は許されるはずはありません。

自民党への不満は、そうした社会の苦しみを皮膚感覚で理解していないことに対する国民の怒りにも見えます。元来保守的な日本人が今回の変革を支持するとしたら、それだけでも大変なことです。我慢づよい国民性は戦後も一貫して安定を望んできました。その日本人が、将来の安定のために政権交代を望んでいるのが今回の選挙の特質とみることができます。

世の中が混迷しているときには政治家に強い志が求められます。青い考えかもしれませんが、与党であれ野党であれ、世の混乱を鎮め、新しい国家目標を掲げる覚醒された政治家集団であって欲しいと思うのです。

また、元来民主主義国家で一つの党が何十年も与党であり続けること自体が異常といえます。ほどよい政権交代により政治が執り行われ、健全な2大政党に育っていくことで、国民は民主主義社会の繁栄を享受できるようになると思うのです。だから選挙に勝っても負けても潔さが求められます。負ければ次に備えて力を蓄え、勝てば全力投球で国民や世界のために働く。

国家を運営する人たちには、時代の流れを見ることが強く求められています。インターネットや携帯電話、車や新幹線・飛行機など社会のインフラが大きく変わっている今の時代に、自転車も珍しかった明治時代から変わらない制度が戦後長きに渡って通用していたこと自体が奇跡と言わざるを得ません。行政機構はもとより、この国の再構築が必要なのは誰の目で見ても明らかなはずです。

今日本には真の意味での政治力が試されています。政治力を高めるには、パブリック・リレーションズ(PR)が欠かせません。


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『「説明責任」とは何か』 井之上喬著 <お知らせ>

『「説明責任」とは何か』(PHP研究所、税込735円)
好評発売中!

いまや日本中で連日連夜、謝罪が繰り広げられている。「説明責任を果たしていない」と詰め寄られる企業不祥事の記者会見。「説明責任は果たせたと思う」と大臣をかばう総理のコメント。

だが国民はけっして納得していない。いまなぜ、どのように《説明責任》を果たすことが求められているのか? パブリック・リレーションズ(PR)の第一人者が、「倫理」「双方向」「自己修正」の三つの原則から、日本における《説明責任》の実態を解説し、問題点を指摘する。情報開示に不可欠なリスク管理にポイントをおいた待望の書き下ろし。


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投稿者 Inoue: 09:51 | トラックバック

2009年07月20日

私の心に残る本 28 斉藤孝の『人間関係力』

『人間関係力』 齋藤 孝著 


こんにちは、井之上喬です。
みなさん、いかがお過ごしですか。

ビジネスの現場において、ストレスの素となるような問題はひっきりなしに発生します。その多くは人間関係に関わるもの。今日は、斉藤孝著の『人間関係力』(2008年、小学館)を紹介します。斉藤孝さんはパブリック・リレーションズに関わっている方ではありませんが、私はこの題名を目にした時、とっさにパブリック・リレーションズ(PR)を連想しました。

著者の斉藤孝さんは、教育論、身体論、ビジネス論を展開し、現在は明治大学文学部で教鞭をとっています。本書で斉藤さんは、人間関係から生まれる疑問に対し、エジソンや黒澤明、マキアヴェリなど33人の歴史上の偉人の言葉を通して、具体的な対応策を提示しています。

■ 武蔵のモットーは「観見(かんけん)」
「(中略)観見二つのこと、観の目つよく、見の目よわく、遠きところを近く見、ちかき所を遠く見ること、兵法の専也」

宮本武蔵が『五輪書』に残したこの「観」とは全体を俯瞰すること、「見」とは焦点を絞ってみることです。文章全体の意味は、相手の全体と詳細をバランスよく把握するために、相手の動きに捕らわれずに、その背景も同様に良く観察しなさいということです。

武蔵は、相手に先手を打つことで剣豪として生涯無敗の人生を終えました。その極意は、「観見」。武蔵は、勝負には相手をあらゆる角度から客観的に観察することが大切であるとし、相手を正しく捉えることができれば、自ずとその対応は決まると説いています。

斉藤さんは、「勝負に敗れる人の多くは、どうしても『見』が強い」と述べています。そして、「もし『敵』の姿を正確に把握していたら、こちらが窮することも、途中で言い争うことも、そうはあるまい」と断言しています。

■ 新渡戸のチアフルな世渡り
「世に処するに善意を持ってし、『チアフル』に世渡りしたい」

新渡戸稲造の「チアフル」な世渡りとは、人生をできるだけ上機嫌に過ごしたいというものです。新渡戸はそのために、いやな事を笑顔で包み込んだり、自分をさらけ出すことで周囲を上機嫌にしたりと、さまざまな工夫をしていたようです。

新渡戸は、若いころから随分と短気だったらしく、念仏を唱えたり、寝る前に怒りの告白をノートに記したりと、自らの怒りを静めるための修養を実践していました。斉藤さんは、「新渡戸が後世、品格ある人物といわれたのは、生まれ落ちたときから人格者であったからではなく、自分が『短気』であるという欠陥を認識していたからだ」と述べています。

新渡戸稲造のように、自らの欠点を認めて修練により、良い方向に変えていく努力は必ず人生を明るくします。明るい人には人が集まってきます。人は誰でも変われる力を内に秘めいているものです。

斉藤さんはまえがきの冒頭で、人間関係を水に例え、人生の大きな推進力にもなるが抵抗力にもなると指摘しています。人間関係を人生においてプラスに働かせるには、現状を受け入れる、自分も他人も楽しくさせる、心と心を結ぶという、個としての基本が大切であるようです。

パブリック・リレーションズ(PR)は目的達成のための関係構築活動です。そのためには人間関係をいかにマネージするかがポイントとなります。今回は2人を紹介しましたが、ほかの31人の人生教訓を学ぶだけでなく、それぞれの偉人の意外な素顔も知ることのできる本です。一度読んでみてはいかがでしょうか。

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『「説明責任」とは何か』 井之上喬著 <お知らせ>

『「説明責任」とは何か』(PHP研究所、税込735円)
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いまや日本中で連日連夜、謝罪が繰り広げられている。「説明責任を果たしていない」と詰め寄られる企業不祥事の記者会見。「説明責任は果たせたと思う」と大臣をかばう総理のコメント。

だが国民はけっして納得していない。いまなぜ、どのように《説明責任》を果たすことが求められているのか? パブリック・リレーションズ(PR)の第一人者が、「倫理」「双方向」「自己修正」の三つの原則から、日本における《説明責任》の実態を解説し、問題点を指摘する。情報開示に不可欠なリスク管理にポイントをおいた待望の書き下ろし。


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投稿者 Inoue: 09:50 | トラックバック

2009年07月13日

『「説明責任」とは何か』発売開始
 ?7月15日から全国の書店で

『「説明責任」とは何か』 井之上喬著 


こんにちは、井之上喬です。
みなさん、いかがお過ごしですか。

先月(6月22日号)このブログでもご紹介した新書が、いよいよ今週お目見えすることになりました。本のタイトルは、『「説明責任」とは何か』(PHP研究所)。15日から全国の書店で発売されます。今日はそのことについて少し触れてみたいと思います。

■巷を駆け巡る「説明責任」
前のブログでも書いたように、このところ「説明責任」という言葉が巷を駆け巡っています。TVや新聞、雑誌などでこの言葉に触れない日がないぐらいです。「説明責任を果たしていない」と詰め寄られる企業不祥事の記者会見や国会質問。その多くの場合、説明責任を負う側にも、求める側にも、説明責任が何であるのかその意味を十分理解しているとは思えないような言動が見受けられます。

日本の借金は1000兆円超。国民一人当たり1000万円は時間の問題とされる借金王国です。100年に一度といわれる経済危機や深刻な環境問題、核の脅威など解決しなければならない問題が山積している中で、説明責任を追及する側と対応に四苦八苦のされる側との攻防だけのために貴重なリソースを使っていいはずはありません。

これらの光景をみるのは辛いことです。日本が多くの困難な問題に立ち向かっていくためにも不要な障害を取り除く必要があります。限られたリソースを有効に使うためにも、説明責任が何であるかを理解し、前向きな問題に一日も早く取り組んでもらわなければならないと思うのです。本書の出版はそんな思いで実現しました。

■説明責任を見える形に
本書では、説明責任の定義やそのプロセスを紹介し、説明責任の本質に迫っています。本書は8章で構成。冒頭では、日本で説明責任が求められているさまざまな事象を取り上げ、それらの要因がどこにあるのかを社会システムや文化的違いを例示しながら書き記しています。

また、日本における説明責任の実態や説明責任が危機管理とも密接にかかわっていること。さらに説明責任がパブリック・リレーションズに欠かせない要件の一つで、パブリック・リレーションズを実践する上では説明責任が確立されていなければならないことなども記しています。そして、説明責任の果たすための方法論として、「説明責任の基本プロセス」を分かりやすく図式化しています。

説明責任が果たされる環境は、パブリック・リレーションズ(PR)がしっかり組み込まれている環境。読者にはこのことがわかってくるはずです。これにより、無駄なエネルギーを費やすことなく、日本再建のための前向きで思い切った活動が可能となることがわかるはずです。

日本で繰り返されるさまざまな問題。説明責任を追及していくとそこにはパブリック・リレーションズが見えてきます。皆さん、ぜひ手にとってご一読くだされば幸いです。

投稿者 Inoue: 09:36 | トラックバック

2009年07月06日

『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 14
 ?PRの歴史的発展 その4

こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?
今週は、『体系パブリック・リレーションズ』Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本で、日本語翻訳メンバーには私も加わり昨秋発売されました。

20世紀初頭に米国で登場・体系化されたとされるパブリック・リレーションズ。今回は、第4章「パブリック・リレーションズの歴史的発展」(井上邦夫訳)の4回目として、第一次世界大戦期とパブリック・リレーションズが急成長を遂げた1920年代におけるエポック・メイキングな事象を紹介していきます。この時期は優れた人材を輩出し、それまでの防衛的なパブリック・リレーションズから戦略的な手法が開発された時期でもあります。

■多くの人材を輩出した「クリール委員会」
「パブリック・リレーションズの当時の実務は、最初は防衛手段として誕生したが、第一次世界大戦がそれに大きな攻撃力を与えた。」と同書で記されているように、一次大戦を迎えてパブリック・リレーションズの実務には戦費調達のための活動が中心となり、強力な説得型プロパガンダ的手法が用いられるようになりました。

世論の重要性を知り尽くしていたウッドロー・ウィルソン大統領は、コミッティ・オン・パブリック・インフォメーション(Committee on Public Information:CPI)、いわゆる「クリール委員会」を設置。このCPI設置は、戦争行動を支持する世論形成とウィルソンの平和目的を支持する世論結集の任務を負ったもので、この時期を象徴する出来事でした。

本書では、ウィルソン大統領が委員長に任命したジョージ・クリールについて「クリールとCPIは、世論を結集する上で、かつてないほど強いパブリシティの力を実証した。例えば、全国に素早く届く国営ラジオやテレビがなかったため、国内のおよそ3000郡をカバーする7万5000人の市民団体指導者から成るネットワーク“Four Minute men”を創設。

これらのボランティアは、ワシントンから電報で通知を受けると、学校や教会、他の集会所へ情報を伝えるため、四方八方へと走った。戦争終結時までに、およそ80万通の4分間メッセージが配達された」と当時の人的走力に頼った情報ネットワークについて紹介しています。

またクリールは、優秀で才能あるジャーナリストや学者、プレス・エージェント、編集者、アーティスト、世論に影響を与えるオピニオン・リーダーなど驚くほどの人材を集めたといいます。こうした人材が合衆国政府のPRカウンセラーとなり、戦時体制の原動力になった考えを米国の内外に伝える役割を果たしたのです。

■20年代の急成長を支えた巨星たち
本書は、「PRの専門職は、戦時下の発達に勢いを得て瞬く間に広がった。政府やビジネス、教育、教会、社会福祉事業の分野に登場し、大戦の余波の中で急速に成長した労働運動や社会運動にも登場した。1920年に、酒類販売反対同盟が全国的な禁止令を勝ち取って勝利を収め、婦人参政権運動でも成功を収めたことが、パブリック・リレーションズの新たな力を発見する新鮮な証拠となった」と急成長期の時代背景を紹介しています。

この時期には前述したクリール委員会の活動を通じて多くのPR実務家が輩出され、戦後20年代のパブリック・リレーションズの黄金期を築く底力になりました。
PRを体系化した先駆者で雑誌『ライフ』から「20世紀の最も重要な100人のアメリカ人」にも選出されたエドワード・バーネイズと情熱的な戦略家のカール・バイアーについては、このブログの「パブリック・リレーションズの巨星たち」の(2)(3)で紹介していますのでそちらを参照してください。

バーネイズとバイアーに続く3人目はジョン・ヒル。本書は「米国内経済が活況を呈し、メディアが急速に成長したにも関わらず、1926年にマンハッタンの電話帳に記載されていたPR会社は6社だけだった。クリーブランドのジャーナリスト、ジョン・ヒルは1933年、ドン・ノウルトンとパートナーシップを組み、その後すぐにニューヨークへ移動してヒルアンドノウルトン(H&K)を設立した」と、世界有数のPR会社であるH&Kの誕生を伝えています。

4人目はアーサー・ペイジ。このブログでも紹介したことがありますが、今日のパブリック・リレーションズの実務を形成した先駆者の中では、彼が頂点に立つといわれています。ペイジは雑誌や定期刊行物のライター兼編集者を務めた後、AT&T社の副社長に就任。そして数々発表したニュース・リリースのうち、もっとも著名で私たちとも関係のあるものは、1945年8月6日に公表された「広島への原爆投下」でした。これは、ハリー・S・トルーマン大統領の依頼により作成されました。

本書では、この時期にパブリック・リレーションズという新しい職業分野で活躍する2人の女性を紹介しています。一人は1922年にバーネイズと結婚したフライシュマンで「エドワード・L・バーネイズ、パブリック・リレーションズ・カウンセル」事務所を立ち上げています。フライシュマンは初期の男女同権論者であり、結婚後も旧姓のまま通した最初の女性。社会的に別姓が認められるずっと前のことです。

もう一人の女性はアリス・L・ビーマン。主に教育分野で活躍し、その後、ビーマンは1974年設立の全米教育振興支援評議会(Council for the Advancement and Support of Education:CASE)の初代委員長に就任します。

このようにパブリック・リレーションズの実務は、戦時の教訓とアメリカの変革を推進力にして、1929年の株式市場大暴落まで急速な発展を遂げます。次回は5回目としてルーズベルト時代と第二次世界大戦期を紹介します。

投稿者 Inoue: 10:00 | トラックバック