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2009年05月25日

本格化するマニュフェスト選挙
 ?自民・民主の「四つ相撲」

こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?

5月16日、民主党は両院議員総会を開き、前幹事長の鳩山由紀夫さんを新代表に選出しました。鳩山由紀夫新代表は17日夜、新執行部の人事を発表。岡田克也副代表を幹事長に起用。小沢一郎前代表は筆頭代表代行に就任し、来るべき選挙に向けて指揮を執ることになりました。

民主党への支持率も各報道機関が18日に発表した世論調査では上昇、政党支持率でそのすべてに民主党が自民党を逆転。来るべき自民、民主による衆議院選挙は、まさに日本の将来を決定づける、がっぷり四つに組んだ力相撲の様相を呈しています。

■マニュフェストを見て投票
先日久しぶりに大学で早稲田大学大学院教授の北川正恭さんとお会いしました。北川さんはこれまで、私の担当する授業で何度か講義をしてくださっており、マニュフェストとパブリック・リレーションズ(PR)との関係性をよく理解されている方です。

北川さんは日ごろ選挙にマニュフェストを導入することの重要性を説いていますが、最近行われたある調査結果で、面白い社会の変化について話をしてくれました。それは、一般の選挙民が、候補者を選ぶ時に何に対して投票するのかといった問いに対して、答えの一番に上がったのは「マニュフェストを見て投票する」だったそうです。

これまで、政治家に必要なもので、選挙に当選するためには、「地盤、看板、鞄」つまり、 地盤=後援会・支持者、看板=知名度・肩書き、鞄=資金、とされていました。これら「3バン」から繋がる「しがらみ」の中で政治活動を行いがちでした。

しかし、この結果を見る限りでは、選挙の風向きが大きく変わってきたといえます。とくに最近の選挙で大多数を占める、サイレント・マジョリティには、候補者選びにマニュフェストを重視する傾向が高まっていることが考えられます。

■ネット選挙運動へ
北川さんはまた、選挙期間中のインターネットによる候補者の政見放送(動画)の実現に向けて奔走しています。候補者全員がそれぞれ与えられた時間で、自分の政策や信条などを訴えることができれば画期的なことです。

現在大きな選挙では、NHKが政見放送を行っていますが、視聴者が録画をしない限り繰り返して見ることはできません。しかしネット上の政権公約は、有権者が必要であれば何度でも見ることができます。他の候補者との比較も可能になり、国民がより手軽に政治にアクセスでき、有権者にとって自らの一票をより有効なものとすることができます。

特に、選挙ポスターやチラシ、はがき、看板、広告出稿、そして運動員の手当てなど、選挙に勝利するには莫大な資金が必要とされます。現在の選挙環境では、お金のない、若い有為な人材が政治の舞台に上がることは至難の業。

先の米国大統領選で、インターネットは大活躍しました。ネットを利用した個人の小口献金による巨額な献金活動の成功もさることながら、テレビ、新聞などの既存メディアから、新しいYouTubeなどの動画共有サイトも利用され、さまざまな政策提言が行われました。

日本の現行の公職選挙法の基準には、あいまいなところが見られます。政治家への企業献金廃止が叫ばれる中、真に能力のある政治家の国政参加を促すためにも、社会の技術革新に合ったブロードバンド時代の法整備と選挙システムの構築が急がれるところです。

パブリック・リレーションズ(PR)とマニュフェストの精神は同一であるといえます。そこに共通するのは、民主主義社会におけるステーク・ホルダーへの説明責任の伴った「公正さ」と「透明性」です。双方向のパブリック・リレーションズによって、さまざまな有権者を把握した、循環型のより良いマニュフェストが実現可能となるはずです。

投稿者 Inoue: 10:00 | トラックバック

2009年05月18日

私の心に残る本26 渋沢栄一『人の上に立つ人の「見識」力』
 ?日本資本主義の父

『人の上に立つ人の見識力』 渋沢 栄一著 


こんにちは、井之上喬です。
皆さん、いかがお過ごしですか。
                           
史上最悪の不景気と深刻な政治の混迷。真のリーダーが求められる日本にあって、今回は明治時代から大正初期にかけて活躍した「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一が著わした『人の上に立つ人の「見識」力』(坂東眞理子解説:2008年、三笠書房)をご紹介します。本書では日本の基幹産業500社を創った渋沢栄一が、彼の人生哲学を通して人間としての生き方、国を豊かにするリーダーの要件を8章にわたり明快に示しています。

■ 大常識人の人間的奥行き
「政治が理想的に行なわれるためにも国民の常識が必要で、産業の発達進歩も実業家の常識の負うところが多いとすれば、いやでも常識の修養に熱中しなければならない」

渋沢栄一は、1840年現在の埼玉県深谷市の豪農に生まれました。幕末の動乱期には尊王攘夷論に傾倒し、一橋家の幕臣となりました。20代前半という若さで徳川慶喜の弟、徳川昭武の随員として、パリ万博に出席。昭武と共にヨーロッパ各地を視察し、帰国後は交友のあった大隈重信に勧められ大蔵省(現:財務省)に勤務します。

その後大蔵省を辞職し、実業に専念。彼は、第一国立銀行(現みずほ銀行)や王子製紙、東京海上火災保険、日本郵船、東京ガス、帝国ホテル、キリンビール、東京証券取引所など、実業界の第一線から退くまで近代日本の資本主義的経営の確立に貢献しました。

しかし、岩崎弥太郎、三井高福、安田善次郎、住友友純など他の明治の財閥創始者と大きく異なる点は、「渋沢財閥」を作らなかったことにあります。「私利を追わず公益を図る」
渋沢さんは実業界の中でも最も社会活動に熱心で、晩年は、東京高等商業(現:一橋大学)や日本赤十字社、聖路加国際病院などの設立に関わるなど、教育機関、社会公共事業の支援にも力を注ぎました。まさに、現代のCSRを当時すでに実行した経営者であったといえます。

渋沢さんは、大きな常識を持っている人が、真の傑物になると述べています。渋沢さんのいう常識とは、『「知・情・意」の程よいバランスのこと』。渋沢さんは、知恵ばかり勝って、情愛が薄ければ、自己利益ばかりを追求する傾向を生んで長いスパンでの成功ができないと説く一方で、大きな意志で変化しやすい心をコントロールしなければ、自分の道を貫くことができないとしています。

また、渋沢さんは「知恵の働き、学問の積み重ねが十分あって、それで天真爛漫を維持し、知恵や学問を活用していくなら、その人格は実に立派である」と説き、人間的な奥行きには素直な心も大切であると記しています。

以前このブログでPRパーソンの心得として「偉大なる常識人であれ」を記しましたが、100年以上も前に活躍していた渋沢さんのメッセージは、色あせることのない深い洞察力と迫力で私たちに強く訴えかけます。

■ 伸ばすも殺すも“心の物差し”しだい
「心の善からぬ発動を押さえ、過ちに克ち、礼儀に基づいて行動を完全にすれば、天下は期せずして仁に帰することになる。(中略)これを行なうには、常に何かの心の基準となるものがなくてはならない」。

渋沢さんは、終生変わらず幼少期に学んだ『論語』を生きかたの基本におきました。渋沢さんは、孔子の教えを忠実に守り、「倫理と利益の両立」を掲げて、利益を社会に還元して国全体を豊かにするという志を生涯にわたり貫き通しました。

また渋沢さんは人生の目的について、「人は何のために生きるのか」と問いかけ、「私はこの世に生まれた人はいずれも天の使命を帯びていると信じているから、自分もまた社会のこと、公共のことにはできるだけの貢献をし、その使命を果たしたいと考えている」と語っています。

渋沢さんは、生きる目的として天命に沿った大志を掲げることで、過ちを犯しそうになる時にも踏みとどまることができるとして、私たち読者に、熟慮して生涯貫くことができる大志を定めなさいと説いています。

世の中に変革をもたらす人には、人生における確固たる指針を持つ人が多いようです。以前このブログでご紹介した本の著者、稲盛和夫さんは釈迦を手本とし、故マザー・テレサはイエス・キリストに人生の基準を定めました。確固たる指針は人に信念を与え、個人を強くします。いまの混迷の時代に生きるリーダーに求められているのは、大きなうねりの中でも揺るがない「心の物差し」なのかもしれません。

「人事を尽くして天命を待つ」とは、本書の最後に語られている名言です。これは、倫理にかなった事、やるべき事を全てやったら後は天に任せなさいという意味の言葉です。天に委ねる心とそこから生まれる余裕が、渋沢さんの人生に壮大なスケール感を創り出していたといえます。

渋沢栄一が現在を生きていたら、私が心底お会いしてみたい一人です。もし彼が生きていたら、今の日本社会をみて何というでしょうか。「なに、立ち止まっているんだ」という声が聞こえてきそうです。

投稿者 Inoue: 09:10 | トラックバック

2009年05月11日

『体系パブリック・リレーションズ』を紐解く 12
 ?PRの歴史的発展 その2

こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?

今週は、『体系パブリック・リレーションズ』Effective Public Relations (EPR)第9版の邦訳:ピアソン・エデュケーション)をご紹介します。EPRは米国で半世紀以上のロングセラーを記録するパブリック・リレーションズ(PR)のバイブル的な本で、日本語翻訳メンバーには私も加わり昨秋発売されました。

20世紀初頭に米国で登場・体系化されたとされるパブリック・リレーションズ。今回は、第4章の「パブリック・リレーションズの歴史的発展」(井上邦夫訳)の中から2回目として18世紀のアメリカ合衆国の独立後から企業における最初のパブリック・リレーションズ部門が設置された19世紀末までのエポックメイキングな事象を紹介していきます。

■最初の全米規模の政治キャンペーン
独立を果たしたアメリカ合衆国において、パブリック・リレーションズの次なる大きな目標は、1787年から1788年にかけてアレキサンダー・ハミルトンやジェームズ・マディソン、ジョン・ジェイが新聞に投稿した85通の書簡集、The Federalist Papers の発行でした。

これらの書簡は、憲法を批准するよう力説するものであり、ある歴史学者は新しい国の「最初の全国規模の政治キャンペーン」と呼んでいます。

本書では、「Federalist の執筆者らは、憲法に反対する流れをかわして支持を得るなど、歴史に残る最高のパブリック・リレーションズの仕事を成し遂げた」とその功績を称賛しています。また、歴史学者アラン・ネビンズは、アレキサンダー・ハミルトンの業績を「史上最高のパブリック・リレーションズの仕事」として本書で以下のように述べています。

「憲法に対して国民の容認を得ることは、本来、パブリック・リレーションズの実務であり、ハミルトンはPRの鋭い天性をもって、憲法に対してのみならず、思慮深い人々が黙認せざるをえない状況にも配慮し、他者に自分の意見を伝えた…。いざ憲法が国民の前に示されたとき、ハミルトンが取った迅速な行動は、優れたパブリック・リレーションズの典型例だった。」とし、「世論に意見の空白が生じると、無知で愚かな意見がその空白を埋めることを彼は知っていた。正確な事実と健全な考えを提供するために、時間を無駄にすべきではないのである。」と、現代にそのまま通ずる鋭い洞察を行っています。

もちろんこの時代、パブリック・リレーションズという言葉はまだ使用されていませんでしたが、本書はパブリック・リレーションズの発達過程について、「政治改革運動に誘発された権力闘争と密接に結びついている。これらの運動は既成の権力グループに反対する強い潮流を反映しており、パブリック・リレーションズの実務の成長に触媒として大いに機能した。」とパブリック・リレーションズの発展に政治運動が深くかかわっていることを示しています。

さらに、「なぜならば、政治・経済的集団の主導権争いは、市民を味方につける必要性を生み出したからである」とし、「パブリック・リレーションズは、市民社会の容認を得て、進歩する技術を迅速に利用する必要性があるときにも成長した」と述べています。

■プレスエージェントリーの誕生
パブリック・リレーションズはプレスエージェントリーから進化したといわれています。およそ1850年頃のことです。
この点について本書では「我々がパブリック・リレーションズと定義するものの多くは、定住民のいない米国西部への植民を促進するため、あるいは政治的英雄を作り上げるために使用されたときには、プレスエージェントリーと呼ばれた」としています。

米国で歴史的進化を遂げるパブリック・リレーションズを4つのモデルに分類した研究家として知られるジェームス・グルーニッグ博士は、「このモデルはパブリック・リレーションズの最初の歴史的特性を示しており、その目的は、いかなる可能性をも持って組織や製品・サービスをパブリサイズ(広告・宣伝)すること。一方向性コミュニケーションで、情報発信する組織体がターゲットとするパブリックへのコントロールを手助けするためのプロパガンダ型手法である。この時期には完全な事実情報が常に発信されていたわけではない」(『パブリック・リレーションズ』2006、日本評論社)とコメントしています。

この時期に登場した歴史上の代表的な実務家は、ショービジネス界で活躍したP.T.バーナム(1810-1891)。本書は、「成功は模倣者を生む。バーナムは道筋をつけ、多くの者が従い、その数は絶えず増加している。1900年以前の20年間に、プレスエージェントリーは、ショービジネスから密接に関係する企業まで広がった」と記しています。

1875年から1900年の間の米国社会は人口が倍増し、大量生産の促進とともに強力な独占企業が興隆し、富と権力の集中が行われ、鉄道と有線通信の全国的拡大は新聞や雑誌などのマスメディアの発達を加速させていきます。こうした背景の中から現代のパブリック・リレーションズは生まれたのです。

1889年にはジョージ・ウェスティングハウスの経営する新たな電気会社に、企業初となるパブリック・リレーションズ部門が設置されました。ウェスティングハウス(WH)社は当時としては画期的な交流式電気を促進するため、1886年に創業しています。この時期、すでにトーマス・A・エジソンは、直流式を使うエジソン・ゼネラル・エレクトリック(EGE)社を立ち上げていました。

本書では、両社による悪名高い「電流の戦い」をフォレスト・マクドナルドの言葉を引用し、「エジソン・ゼネラル・エレクトリック社は、破廉恥な政治行動や評判の良くないプロモーション戦術によって、交流式の発達を阻止しようとした・・・。プロモーション活動は、高圧交流の猛烈さを劇的に示すことを狙った一連の目を見張るものであり、最もセンセーショナルなものは、(WHによる)死刑執行の手段である電気イスの開発とプロモーションだった。」とする一方、WHによるEGEへの対抗的なメディア・プロモーションについても触れています。

19世紀末の「電流の戦い」や220年以上も前に国家の在りかたの根幹をなすアメリカ合衆国憲法の制定にパブリック・リレーションズ(PR)の手法が用いられていたことを知るにつけ、さすがはPR先進国だという感慨を抱かざるを得ません。皆さんはどのような感想をもたれましたか。

投稿者 Inoue: 10:00 | トラックバック

2009年05月04日

パブリック・リレーションズの映像講義制作スタート
 ?PRプランナー資格取得に向けた講座

こんにちは井之上喬です。
ゴールデンウイークも残りわずかになりましたが、皆さんいかがお過ごしですか?

一昨年10月のブログで社団法人日本パブリックリレーションズ協会(日本PR協会)が主催する「PRプランナー資格認定制度」の2007年9月からのスタートについてお話しをしました。私も同協会の資格制度委員会のメンバーとしてこのプログラムに参画し、試験委員も務めてきました。
今回は、「PRプランナー資格認定制度」についての現状報告と、これに関連して最近私が注力しているパブリック・リレーションズ(PR)の基礎から実践・応用までを網羅する「映像講義」制作の途中経過を紹介します。

■これまで1000名を超える合格者
日本PR協会は、「PRプランナー資格認定制度」発足に当り次のようにコメントしています。「21世紀を迎えた現在、『PR(パブリックリレーションズ)の時代』と言われ、各企業・団体において広報・PR活動の重要性が見直されつつあります。とくに企業の社会的責任(CSR)が厳しく問われる時代にあって、広報・PR活動はパブリシティやメディアとのリレーションだけでなく、経営戦略、コンプライアンス、IR、危機管理、マーケティングコミュニケーション、ブランドマネジメントまで広範囲にわたり、企業経営や団体運営の中枢に直結した業務となってきました。」

「こうした時代や社会のニーズに今後どう応えていくかが、広報・PRの仕事にとっては、差し迫った課題だと言えます」とその実施の背景を述べています。
また、日本での専門家育成を目指すこの資格認定制度は、その目的として(1)広報・PRパーソンの育成とレベル向上、(2)専門職能としての社会的認知の向上、(3)広報・PR業務の社会的地位の確立を掲げて始動しました。

これまで3回にわたってPRプランナー資格認定試験が行なわれ、昨年の12月末時点で1,000名を超えるPRプランナー補とPRプランナーが認定されています。
今年3月には平成21年度前期の第4回1次試験が終了し、5月17日に2次試験が、そして7月25日に最終の第3次試験が東京と大阪会場で組まれています。この日程と並行して平成21年度後期の第5回1次試験の受験予約受付が6月1日から始まります(30日まで)。資格には3種類あり、1次試験合格者にはPRプランナー補、2次試験合格者には准PRプランナー(第5回からの新設)、そして3次試験合格者にはPRプランナーの資格がそれぞれ付与。PRプランナーについてのみ3年以上の広報・PR実践経験が必要となります。

受験では社会人に混ざって、学生の姿も多く見られました。これは実務経験がなくてもPRプランナー補の資格が取得できることにも起因しているようです。
将来PRや広報のプロフェッショナルを目指す人は是非、この資格に挑んで欲しいと思います。受験申し込みなど詳細は日本PR協会のホームページ(http://www.prsj.or.jp/)で紹介されていますので参照してください。

■全国で均一の学習を提供する映像講義
パブリック・リレーションズ先進国の米国では、1920年代に社会科学の分野で理論体系化され、64年には専門家として認定する資格制度も整備され、 現在は米国PR協会も含めた複数団体が参加し「ユニバーサル認定プログラム」( http://www.praccreditation.org/about/ )を実施。この資格試験に合格した受験者にはAPR(Accredited in Public Relations)の称号が授与され、PRにおける幅広い知識、経験、そしてプロとしての判断を示せる高度なパブリック・リレーションズを実践できる実務家約5,000名が有資格者として活躍しています。

米国に遅れること40余年。日本でスタートした資格認定制度。しかし、これだけでは彼我の大きな差を埋められないのは自明のことです。私は日頃から「業界全体のレベルの底上げや市場規模の拡大、ひいては日本社会へのPR導入を加速させるためにはどうしたら良いか」という課題に取り組んできました。5年前から私が早稲田大学で「パブリック・リレーションズ概論/特論」の教鞭をとり始めたのも、PRの専門家育成が火急であるとの強い問題意識があったからです。

最近、素晴らしい出会いがありました。建築系資格取得学校では日本最大手の日建学院を運営する建築資料研究社の馬場瑛八郎会長との出会いです。日建学院は、建設関連教育事業部門として1976年に開校。以後、日本で初めて取り入れた修学効果が高いとされる映像講義を基本とし、現在、全国に133校を有し、一級/二級建築士や宅建主任者など建設関連資格合格者累計83万人(2007年時点)を輩出。規模・実績とも業界トップを誇る資格取得学校です。

「中卒の大工さんにも一級建築士を取らせたい」との思いで教育事業を始めた馬場さんは、日建学院の開校とその実績に見られるように先見性に大変優れた経営者です。その馬場さんから「PRプランナーの資格取得のための映像講義をつくりませんか」と提案された時、日米間の差を埋め、日本社会へのPR導入を加速させるのは「これだ!」と直感し講師を引き受けました。

計画はとんとん拍子に進み、先月10日に私が講師となって「PRプランナー補資格取得講座:パブリック・リレーションズ概論」映像講義の第1回目のビデオ収録が行なわれました。この概論は全編20回(各90分)で構成されています。続いて実践・応用編も撮っていく予定です。制作は日建学院グループの日本映像教育社が担当し、私の会社(井之上パブリックリレーションズ/日本パブリックリレーションズ研究所)の若手社員でPRプランナーの資格をもつスタッフのサポートを得ていることも心強いことです。

映像講義の特徴は、大都市のような限られた場所でしか受けられない対面講義のもつハンデキャップを克服し、同一講師により全国津々浦々で均一の内容を繰り返し学習できるところにあります。この新しい映像講義の開講や会場などの詳細は日建学院からの公式な発表がありますので改めて皆さんにお知らせしたいと思います。

日本で初めての試みとなるこの「パブリック・リレーションズの映像講義」は、全国の大学や企業を通してやがて日本社会へPRを導入するための有効なツールになるものと考えています。

社会の健全な発展と繁栄に貢献できる包括的なパブリック・リレーションズ(PR)を、日本社会に広めていくことは私のライフワークであり願いです。その実現に一歩近づいた確かな手ごたえを感じ、私にとってこのゴールデンウイークは充実したものとなりました。

余談ですが、TVコマーシャルで大ヒットしたアルパカ『クラレちゃん』(本名:はなこ)は、癒し効果に魅せられた前述の馬場さんが、1999年に200頭のアルパカをジェットチャーター便で南米ペルーより輸入したもの。栃木県那須高原の牧場「那須ビッグファーム」では約400頭が飼育され、毎日来場者を楽しませています。私も先日、人気者の「はなこ」に会いに牧場を訪れ、癒されてきました。

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