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2008年05月31日

リンデンラボ社フィリップ・ローズデール会長初来日
 ?セカンドライフ(SL)の未来を語る

こんにちは井之上喬です。
もう6月、雨模様の毎日ですが、皆さんいかがお過ごしですか?

先日、インターネット上の3次元仮想世界「セカンドライフ」を運営する米国リンデンラボ社の創設者フィリップ・ローズデール会長が来日しました。来日の目的は、日本市場の視察および、東京ビッグサイトで開催されたアジア最大級の仮想世界イベント「Virtual World Conference & Expo 2008」で基調講演を行うため。また期間中、政府機関、放送、教育、技術、ソリューション・プロバイダー、エンターテイメントなどセカンドライフ内の様々な分野で活躍されている方々をお招きし、ローズデール会長との意見交換会(ラウンドテーブル)も開催されました。

■ 小学校でコンピュータ製作、高校で起業
リンデンラボは、私の経営するPR会社井之上パブリックリレーションズの顧客企業。セカンドライフの日本社会への浸透のために、昨年8月からPR業務を受託しています。世界会員数も1年前は約700万人だったものが今は倍の約1400万人と堅実にその数を伸ばしています。

フィリップはコンピュータが大好きな少年。小学校4年で既に基板を組み立てコンピュータを製作。高校2年には、コンピュータのソフト会社を起業していたといいますから技術的センスだけではなく商才もあったようです。

ここでは、先に紹介した日本滞在中の2つの主要イベント(本文最後の、関連情報参照)についての説明を省きますが、滞在中にローズデール会長が発した明確なメッセージを3つほど紹介します。

1つは、インターネットは国境の概念を払拭したが、言語の壁は残っている。Web上では外国人同士が、英語、ドイツ語、ロシア語、日本語などで同時にコミュニケートができないが、セカンドライフ上では言語を共有できない人でも60名が同時に時空間を共有できる。

2つ目は、将来はかってのインターネットがそうであったように、技術革新によって利用がより簡便となり、オープンな環境でのユーザビリティの向上(ex:携帯電話からの利用やマウスだけでの操作)による利用者の大幅な拡大が見込める。他のメタバース(仮想空間)とのアバター(化身)の相互乗り入れも実現し、10年後の利用者は現在の100倍になりWebを追い越すだろう。

3つ目は、SL上の成長段階を示し、初期には遊びやさまざまな創造活動を喚起し、次に教育機関による活用(現在全SIMの約15%を占める)を促し、そして最後に企業内ツールとしての活用を含めた、PR、マーケティング、eコマースなどのさまざまな利用が拡大していくとしています。


ローズデール会長と筆者


■ リアルタイムで世界の人々と友達
上に挙げた3つのメッセージの中で、私の興味は特に最初の、SL上における異なった言語でのリアルタイム・コミュニケーションに向かいました。確かにこれまでのインターネットは、英語、ドイツ語、ロシア語、日本語などそれぞれ独立した言語空間を持っており、双方が共有できる環境にはありません。それぞれの言語によるコミュニケーションはグループ化されたり限定されています。

これに対してセカンドライフの場合、言語に頼ることなくコミュニケーションが図られるようになっており、3次元映像とエンターテインメント性を強調することで言語障壁を乗り越えられるよう工夫されています。いわば、ファッションや音楽、身振り手振り(ゼスチャーやアニメーション)、そして創造活動などによってリアルタイムで時空を共有することができるわけです。SL内で聞こえるサウンドにしても3次元で遠近感を持ち、前後、左右から聞こえてきます。

ローズデール会長自身、セカンドライフを自ら体験し最も感動したこととして、来日前に日本の「togenkyo(桃源郷)」というSIM(島)で翻訳ツールを入手し、日本人とチャットを果たしたことだとしています。この翻訳ツールはユーザーが開発し無料で配布しているもので、「これがセカンドライフの素晴らしさと」語っています。

時空間をリアルタイムで共有できることにより、情報伝達手段は従来のインターネットと比べ異なったものとなります。単に映像や文字だけの伝達だけではなく、仮想空間ならではの相手とのリアルタイム・コミュニケーションを可能とし、買い物であれば、訪問する店舗の店員(説明員)との会話を通して、顧客である化身が3次元で陳列されている商品への理解を深めたり、購買決定を容易にすることができます。つまり、現実と同じように双方向コミュニケーションによる疑似体験ができるというわけです。

ローズデール会長のメッセージで2つ目の、技術革新が普及スピードの鍵を握るとする話も興味深いものでした。彼は現在のバーチャル・ワールドはまだ発展途上にあると述べています。

これは私自身の体験ですが、インターネットの実用を初めて目の当たりにしたのは1990年に所用でパリに出張したとき。英国人のビジネスパートナーが市内のホテルの壁に突き出した電話回線でeメールを使っていたのを不思議な感覚にとらわれて見ていたことを覚えています。その頃日本は、インターネットの名前は耳にするものの、ビジネスはもとより一般でもほとんど使われていませんでした。インターネットの世界的本格普及は、95年「ウインドウズ95」の発表とその後のブロードバンドの普及。利用者は飛躍的に拡大し、その数は現在10数億人。

セカンドライフにおける日本人のアクティブ・ユーザー(月1時間以上)の月間平均滞在時間は、世界平均の50時間に対して70時間と圧倒的に多く、世界上位20カ国の中でトップ。

現在IBM本社ではさまざまな試みが行われています。具体的には、企業の会議はSL上で成立するとし、機能向上によりゼスチャー表現がより容易になることでコミュニケーションが深化するとし、自社内で世界会議や新製品の説明会、ショップの設置(eコマース)を行うなど積極的にビジネス活用の実践と研究に取り組んでいます。

ちなみに社名のリンデン(Linden:菩提樹)は創業時の会社がサンフランシスコのLinden Streetにあったことに由来しています。フィリップは4人の子供(2男2女)の父でもあり家族思いで、そのスタイルは極めて自然体。オープンで明るい性格は、セカンドライフのコンセプトそのものです。自宅は、現在の会社へ歩いていけるほどの所にあるようですが、日本製オートバイで毎日通勤。毎朝7時にはオフィスに出勤しているようです。

セカンドライフが一般へサービスを開始して5年。現在さまざまな分野での取り組みが見られます。慶応大学では、手足の不自由な人が脳波を使ってセカンドライフ(仮想世界)のなかで散歩・会話できる、世界初の実証実験を成功させたり、内閣府では、災害時の訓練教育をセカンドライフ上で様々な疑似体験により効果的に行う取り組みを検討するなど、多方面の方々が利用しています。

わずか3日足らずの滞在でしたが、ローズデール会長のセカンドライフへのゆるぎない自信と、世界を結ぶその未来が、人類にとって有益なものとなるであろうことが感じられ、日本社会への普及に新たに心を引き締めながら彼を見送りました。

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<関連情報>
Virtual World Conference & Expo 2008:
http://virtualworld-conference-expo.net
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2008/05/29/19742.html

ラウンドテーブル:
http://www.secondtimes.net/news/japan/20080530_roundtable.html
http://www.keio.ac.jp/pressrelease/080526_2.pdf

投稿者 Inoue: 10:47 | トラックバック

2008年05月24日

異常な国日本
 ?自殺者ゼロを目指して

こんにちわ井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?


このところ、ニュースでまた「自殺」に関する報道が増えています。
その特徴も、最近の硫化水素自殺のようにまわりを巻き込むケースもみられ心が痛みます。
日本の自殺者の数は、1998年に3万2863人とはじめて3万人を超えました。以来3万人台で推移し、2006年は、3万2155人(警察庁:2007年6月発表)、2007年も3万人台を超えているとみられ、10年連続の大台記録樹立の汚名をかぶせられそうです。今日は皆さんと自殺について考えたいと思います。

■ 毎年人口3万人の都市が消滅
日本で発生する自殺の原因としては、健康問題、家庭問題、勤務問題、経済・生活問題などが挙げられますが、経済格差が広がりをみせる中で、このところ経済・生活問題による自殺者が急増しています。日本の自殺者の数(2004年WHO:人口10万人で24.0人)は国際的にみると、G8参加国の中で、ロシアについで2番目。米国の約2倍。イギリスの4倍となっています。

ここで3万人という数がどの位のものなの考えてみると:
1) 15年続いたベトナム戦争の米軍の総戦死者数、約5万8千人の半分を
上回る数
2) 昨年、54年ぶりに5000人台となった日本の年間交通事故死者の5倍を
超える数
3) そして人口3万人の地方都市がそっくり消滅する数
などいずれも、尋常ではない数字ということになります。

また年間1万人を越える米国の銃犯罪による死者の数は日本人にとって驚くべき数字ですが、3万人という数は実にその3倍ということになります(ちなみに自殺未遂者はその10倍といわれている)。

日本では自殺が文化の一部になっているようです。古来、武士道精神にみるように責任を取るために「腹を切ってお詫び」自決したり、年老いると「姥捨て山」を受け入れるなどの精神構造がいまだ残っているように思います。一部のメディアが、「自殺天国」という表現でこの社会的問題を捉えるのも根は同じということでしょうか。


■ 今こそ自殺防止国家キャンペーンを
小泉政権による構造改革では、自己責任の名の下で痛みを伴う思い切った政策が実行されました。しかしながらグローバル化の流れの中、「自己責任」という名のもとで、十分なセーフティ・ネットへの対応(十分なコミュニケーション)の怠りについても強い反省が起こっています。しかし自殺問題が社会的な大きな問題となっているにもかかわらず、この問題について国民的論議がなされていないことは信じがたいことです。自殺の直接の原因は過労や失業、倒産、いじめなどさまざまですが、この問題の解決に向けて真剣に取り組む姿勢は見られません。多くの日本人はこの話題を避けているのでしょうか。やむを得ず口にする場合は、異口同音に、グローバル化のひずみや経済の失速、失業者の増加などにその原因があると分析する程度。

日本は今こそ国を挙げて自殺防止キャンペーンを展開しなければなりません。自殺による人材損失がどの程度のものかデーターはありませんが、少子化で日本の人口が漸減していく中で、自殺者を減らすことは国益にもかなうはずです。かってはハンガリーと並んで自殺大国(2004年WHO調べ:90年に人口10万人あたり30.3)であったフィンランドなどの諸外国では、様々な自殺対策がとられています。残された遺族のケアや、増加する児童や生徒の心の問題に目を向けていくことなど、自治体も含めて社会全体で自殺予防に取り組んだ結果、約10年間で自殺者を30%も減らしたとしています。

WHO(世界保健機構)によると、自殺は「追い詰められた末の死」であり、「避けることのできる死(avoidable death)」としています。このことは、数年来、北九州市で生活保護受給に関連して起きた複数の餓死事件をみても理解できます。突き詰めると、受給者を増やしたくない役所の窓口の非人間的な対応に起因していたといえます。

また自殺する人の動機はいろいろあるようですが、生きる支えは、どんなにつらくても希望があることです。希望がなくなった時から人間は自らの存在の否定を始めるからです。

先日、あるテレビ番組で自殺者の心理について語られているのを観ました。理由はどうあれ、キーはコミュニケーションにあるようです。番組の中である自殺志望者は、「親にも見捨てられ(そう感じている)相談する人が誰もいなくなった結果自らの死を選ぶ」とコメントしていました。

人間の命は、天からの大切な授かりもののはずです。また人間はひとりで生きていくことはできません。誰でも「関わり」を持っています。自殺をする人が、他との関わりがなくなったと思い、失望して自らの命を絶つのだとしたら、社会で救いの手を差し伸べることができるはずです。パブリック・リレーションズ(PR)を適用する意味がここにあります。

投稿者 Inoue: 09:46 | トラックバック

2008年05月17日

私の心に残る本 16 『いつまでもデブと思うなよ』
 ?レコーディング・ダイエットとは?

いつまでもデブと思うなよ


こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?

一年で50キロ減量した。117キロから67キロへ体重を落とした。作者の体験的ダイエット本がいま注目を浴びつつあります。レコーディング・ダイエットというダイエット法で、食事のたびに何を食べたのかひたすらメモ帳に記録すればOKというものです。

著者は大阪生まれで作家・評論家の岡田斗司夫さん(48才)。『いつまでもデブと思うなよ』(2007:新潮新書)は、岡田さんのダイエットの技術と思考法によって実践され、成功したことをこの本にまとめています。このダイエット法にいま関心が高まっています。

■「見た目主義社会」の到来
岡田さんは、人間は見た目が大事といっています。現代が見た目・印象主義社会であるから、人はまず見た目で判断される。だから「キャラ付け」もまず見た目が優先されるとしています。 私たちが知らないうちに日本社会は大きく変革しており、その最大の変化は「見た目・印象」を重視する「見た目主義社会」への移行。これらは表層的な変化ではなく、ビジネスや経済の最大要因にもなりうる変化と持論を展開しています。「つい30年前までは学歴主義社会」だったものが最近は見た目主義が勢力を増し、これに取って代わろうとしているといっています。

著者は、自身がダイエットを始めるとき、やせる必要性を考えて実行を開始したといいます。初対面の時などは見た印象で決定される。読者に「太っていると損をする」という現実認識が重要となると訴えています。

この考えは、私がよく大学の授業「パブリック・リレーションズ論」で学生に教える時に引き合いに出す、「メラビアンの法則」と共通しているものがあるように思います。メラビアンの法則は、米国のアルバート・メラビアンが提唱したもので、プレゼンテーションの評価は内容よりも見た目と耳からの印象で決まるとし、55%が表情、服装、髪型などの見た目(ビジュアル)で、38%が声の質、話し方など、最後のプレゼンの内容は僅かに7%に過ぎません。

もちろん著者がやせようと考えたのは、見た目を重視するだけでなく肥満によっていろいろなものが窮屈になりお金もかかるなどの理由から。彼は、見た目の印象を形作るものは3層に分類されるといっています。第一層は肉体そのもの。第二層はファッション。第三層は言動。このうち最初の肉体は、体格と体型の二つに別れ、最初の体格は改造不可能なもの(身長、肩幅、手足の長さなど骨格に由来するもので改造不可能なもの)。二つ目の体型は、改造が可能なもの(ウエスト、腹回り、太ももの太さなど筋肉や贅肉に由来するもの)としています。彼はこの中で体型の改良のためには、ダイエットが有効であるといって、自らの体験を読者に薦めています。

一年で50キロの減量に究極の技術と思考法で成功した岡田さんのモットーは、「楽しいダイエットでないと続かない」。ダイエットの最中には食事や飲み物にいつも気を使い、神経をすり減らしストレスを抱え込むことが多くみられます。「好きなことを我慢するのに、精神力や意思力は必要ない。ダイエット製品を買い揃える経済力も必要ない。仕事で疲れきった体をジムに運んだり、毎日トレーニングしなければならない時間も作らなくていい」つまり、「レコーディング・ダイエットはメモとペンだけ」とこのダイエット法が極めて簡単なことを強調しています。

■ダイエットのための6つのフェーズ
「レコーディング・ダイエットとは、記録することによるダイエットであり、記録するという行為の積み重ねによって自分の行動管理を目的とする」もの。そしてレコーディング・ダイエットを飛行機の一連の運動にたとえて、1)が助走、2)が離陸、3)が上昇、続いて4)巡航、5)再加速、6)軌道到達、と6つのフェーズを経てダイエットが完了。後は月面着陸の気分としています。

著者は、このダイエット法について、助走では、1)体重を毎日量る、2)口に入れたものをすべてメモする、3)我慢しない、今まで食べたいものは食べて、ひたすらメモすることにより自分の行動を客観化することが「やせる」結果をもたらすといっています。この期間は、対策を練るための期間で、楽しい旅行プランを練る期間。

次の離陸期間では、1)体重体脂肪率を毎日計ることで、2)口に入れたものすべてメモしカロリーの計算をする。3)は、どうやれば総カロリー数を減らせるか想像してみる。でも我慢しない。早い人で2週間、最長でも2ヶ月あれば「自分の食事生活パターン」が判ってくるようになる。自分で生活パターンが判ってきたら、助走期間が終わり次の離陸に入ります。助走から離陸へのタイミングは自分できめます。2)のカロリー計算では最近はコンビニやファーストフード、インターネットのサイトから簡単に入手できるはず。この期間は1?2週間、気の短い人は三日ほどで次の上昇段階に入ることが可能。

カロリー計算がなんとなくこなせるようになったら、第3段階の上昇に入ります。このあたりから体重変化が起こり、体が軽くなり、ダイエットが楽しくなるそうです。具体的には、「一日あたりのカロリー摂取量を一定範囲内に抑える」ことを目指す。摂取カロリーは「自分の基礎代謝量ぎりぎり」あたりが最も効率よくやせられる。基礎代謝量とは、呼吸や体温調整など生命を維持するために消費されるエネルギー。眠っている間でも消費されるエネルギーで、人間が生きていくうえで必ず消費されるエネルギーをさしています。もちろん男性、女性、年齢などによって違うようで、ちなみに、50?69歳男性は1,350Kcal。作者は1,500Kcalでこの数字が目安。基礎代謝量より下に設定することはいけないようです。上昇のポイントは4つあり、1)体重、体脂肪率を毎日計り口に入れたものをすべてメモしカロリー計算する。2)摂取カロリーは個人の基礎代謝量にあわせて決定しそれを守ります。3)は食べ過ぎても後悔や反省はせず、翌日のフォローで切り抜ける。4)毎日水を2リットル飲む。レコーディング・ダイエットの場合は食べすぎより記録していないことの方が問題のようです。とにもかくにも記録することが重要。

次は巡航です。毎日記録をつけて規定のカロリー数に抑えそれを無理せず継続できるようになったらあなたはもう巡航段階に突入したことになります。カロリー制限を開始して(上昇)75日あたりから体質は大きく変化します。体重は減るが皮下脂肪を燃やし始めた体は、恒常性維持(ホメオスタシス)のために、やせようとする意思に反して体が妨害してきます。精神的にも不安定になり気力が衰え、気分も落ち込みがちになります。この飢餓感と落ち込みは1?2週間続くが、この段階を通り越せば、この「飢餓感と不安」はうそみたいになくなるようです。体がついに抵抗をやめ、やせることを認めるようになります。これが75日目の体質変化です。ポイントは、脈動的に変化する。体重、体脂肪重量、サイズの3つが2週間以上にわたって変化がない場合(停滞期)は豆乳や野菜ジュースなど他のダイエット法(ウオーキングなど)と併用します。

この時期も克服し、周囲の人にどうやってやせたのか聞かれるようになり、カロリー計算が反射的にできるようになったら、再加速段階に入っているということ。一番わかりやすい転機は自分の好物に明らかな変化が見られる時です。もう少し食べたいと思って箸を置きあとで「ちょうど満腹」になるのが理想的。胃袋が発する「あと少し」という細かいサインに注意してそこで食事をやめることがすすめられています。つまり自分の体の声を聞くということ。食欲には「頭だけが食べたがるもの(欲望)」と、「体が食べたがるもの(欲求)」の2つがあり、自身が発する何々が食べたいという欲求のサインを聞くようにすることが肝要。

体の欲求がどんどん自覚できるようになると最終段階の軌道到達の準備ができたことになるとしています。計器飛行をやめて有視界飛行に移る。すなわち「レコーディングをやめてカロリー制限もしないで食事をする」という段階。そのためには、再加速段階で意識した空腹満腹感を更に強く意識する。「軌道到達」に達するということは「必要な分だけ食べたら努力なしに食べるのをやめられる」という状態になっているということのようです。

その結果は月面着陸の体験。重力6分の1で、夢のような気持ちが味わえるというわけです。

岡田さんのこのダイエット法は、日ごろ多忙なPRパーソンにとってはあり得ないような話です。早速、数日前から始めることにしました。皆さんもいかがですか?

投稿者 Inoue: 17:05 | トラックバック

2008年05月10日

ある友人の死
 ?「源氏物語」映画化の夢を追い続けたフランス人

こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?

先日私の長年のフランス人の友人の奥さんから電話がありました。
私の留守中に何度かあったとのこと。ふだん奥さんが電話をかけてくることはないので、胸騒ぎを覚えながら、オーストラリアに住む彼の家に電話を入れました。電話の向こうで、奥さんのカルメンが彼女の夫が亡くなったことを泣きながら伝えてくれました。

最近は友人関係で、本人以外で奥さんやお子さんからの連絡の大半は、本人の事故の知らせや訃報であることが多いように思います。今回も無意識のうちに頭のどこかで彼の身の上に何かが起きたのではと、覚悟していましたが、さすがにこの突然の訃報に気は動転しました。その知らせは、彼が3月の終りに旅行先のイタリアの奥さんの実家で亡くなったというものでした。気がついたら末期癌だったようです。彼女からの電話は、友人の死の直後に彼女の出したメール(ジャンクメールに埋没)に、私から返事がなかったことを心配しての連絡でした。

友人の名前はジル・ジャーマン。オーストラリアのケアンズから100kmほどにあるデインツリーに住んでいました。そこはデインツリー国立公園のなかで、近くに1988年世界界遺産に登録された場所がある広大な熱帯雨林。彼はそこで高級コテージ( http://www.cockatoohillretreat.com.au/ )を経営する傍ら映画ビジネスにも携わっていました。

写真:ジルの経営している 写真:ジルの経営している Cockatoo Hill Retreat

■モロッコ生まれ、5つの国に住んだ国際人
ジル・ジャーマンの生まれた国は、当時フランス植民地だったモロッコ。その後、フランス、スイス、スリランカ、そしてオーストラリアマと5カ国での生活体験をもつコスモポリタン。

彼と初めて出会ったのは、今から30年以上も前の、ヤマハ主催の世界歌謡際でした。1970年から20年間ほど続いた日本最大のポピュラーソングの音楽祭。世界50カ国以上から参加するミュージシャンのコンクールで、日本武道館で3日間にわたり毎年秋に開催されていました。レコード会社を経営していたジルは、スリランカに住んでいたこともあり、そのときにスリランカ代表を連れて来日したのです。

当時、武道館での3万人の動員の外部責任者として関わっていた私はスリランカグループのスピリチュアルで透きとおった美しいハーモニーのコーラスに魅せられ、たちまち意気投合。その後、ジル・ジャーマンは拠点をオーストラリアのシドニーに移しましたが、レコード・ビジネスで来日のたびに親交を深めていきました。


■「源氏物語」映画化に向けて
彼と仕事で具体的に関わるようになったのは、1988年、私がメルボルンで開催されたパブリック・リレーションズ(PR)の世界大会(11th IPRA World Congress)への出席の帰り、当時シドニーにあった彼の家に立ち寄ったときでした。そのときジルの口から初めて、源氏物語の国際合作映画を作る話を知らされたのです。映画の内容は、11世紀と現代をパラレルで進行させるという極めて独創的なものでした。当時、経済超大国になった日本はパブリック・リレーションズ不足で世界に不必要な誤解と悪いイメージを与えていました。そんな中、このプロジェクトは私にとっては日本のイメージを変える格好の素材として映ったのです。

ジルはマルチ・カルチャーが理解できる人間でした。この源氏物語の映画化プロジェクトをプロデユーサーとして立ち上げようとしていたとき、彼は日本人の忍耐強さと「許し」の精神について度々私に話したものです。 「日本人は、広島、長崎で原爆を落とされ、あんな悲惨なめにあっていてもなぜ、アメリカ人を許しているのだろうか?」。 そのとき、彼の質問の意味やその背景について私はよく理解できていませんでした。しかしそれらはその後しばらくして彼の体験を知って理解できるようになったのです。

アルジェリアがまだフランスの植民地だったころ、ジャーマン家はそこで3?4世代にわたって、フランス軍へ毎年大量(100万本)のワインを納める葡萄農園を経営していたようです。その後、アルジェリア独立運動の機運が高まり、家族はモロッコに移住します。1950年に彼は首都ラバトで生を受けますが、紛争はモロッコにも飛び火します。運命は彼の幼少時代に悲惨な体験を強いることになります。それは内戦状態の中で彼の叔父さんが、テロで殺されるのです。家の玄関のドアに磔にされた無残な姿をジル少年は目撃したのでした。

フランス人は気短な人が多いといわれていますが、彼には、その気はまったくありません。おそらく彼の少年の頃の体験と、回教徒のなかで育った環境で忍耐強くなったのでしょうか。

彼の生い立ちを知ってから、「許し」の意味がより深くわかるようになりました。映画のタイトルは Genji-The Shinning One 。根底に流れるテーマを「許し(Forgiveness)」としたのです。日本人のアメリカ人への許しと、少年時代、叔父を殺害した暴徒への彼自身の許しが二重になっていたのかもしれません。光源氏と、彼が尊敬してやまない父帝が愛した、藤壺との間にできた不義の子。父に許しを乞おうとする光源氏の心の葛藤。平安時代の絢爛豪華で芳醇な時代背景で展開されるストーリーと、現代、同様な境遇にあるアメリカ人家族で繰り広げられるドラマが時代を超えて交差していきます。

人間の弱さや罪深さを「許し」をテーマにスクリーンで表現したかったジル・ジャーマン。彼が1988年に映画制作を企画してもう20年が経ちました。

日本での制作の責任者には、黒澤明の監督時代に助監督を経験し、東宝映画のゴジラ・シリーズ(ゴジラ対ヘドラ)で監督を手懸けた坂野義光さんも加わり、衣装担当にお願いしていた和田エミさんや源氏物語の英訳者のサイデンステッカーさんなどと映画について夢を語ったものです。

アメリカのアービン・カーシュナー(「スター・ウオーズ帝国の逆襲」監督)も総監督候補者として自ら名乗りを上げ、打ち合わせに来日したこともありました(写真中央)。

在りし日のジル・シャーマン:写真に向かって右から、J・ジャーマン、筆者、アービン・カーシュナー、ボブ・エリス(脚本家)、坂野義光 うかい鳥山(高尾)にて

この映画プロジェクトは、彼のその後のホテル・ビジネスへのかかわりや制作予算が大きいことなどもありいまだ実現に至っていません。しかし昨年あたりから再開されるようになりその矢先のことでした。それだけに今回のジル・ジャーマンの死は悔やまれてなりません。

ジル・ジャーマンの音楽や芸術に対する感性は卓越したものがありました。フランス料理の腕はプロ顔負けで、家に遊びに行ったときはその腕を披露してくれたものです。スイスの大学で知り合ったカルメンは陶芸の先生もしているよきパートナーでした。

彼は生前よく、デインツリーの素晴らしさを語ってくれました。住まいを流れる小さな浅い川は、「天然の白いマーブル石を敷き詰めたプールのようで、川底から映す色はコバルトブルーの輝き、世界中どこにもないから、一度是非見にきて」とトロピカルで神秘的な場所を気に入っていました。彼が生きているうちに行けなかったことが悔やまれてなりません。

ジル、長い間あなたと夢をシェアーできて幸せでした。できるだけ早い時期に、あなたの愛したデインツリーを訪問します。そして、残された者とあなたの精神を受け継いでこの映画が実現できるよう努力します。そのためにあなたの力をください。

投稿者 Inoue: 15:00 | トラックバック

2008年05月03日

衆院山口補欠選挙が語るもの

こんにちは井之上喬です。
皆さん、新緑が目にまぶしいゴールデン・ウイーク、いかがお過ごしですか?

4月27日に福田政権発足後初の国政選挙となった、衆院山口2区補欠選挙では、民主党の前衆院議員で社民党推薦の平岡秀夫氏が、自民党新人で公明党推薦の前内閣官房地域活性化統合事務局長山本繁太郎氏を得票率20%以上の差で勝利。ガソリン税や4月からスタートした、後期高齢者医療制度への不満が民主党勝利の大きな要因となったとされています。

■ 総力戦の果て
今回の選挙では与野党とも今後の国政の行方を占う重要な選挙と位置づけ、それぞれの党幹部を選挙区に送り込み、総力戦を展開しました。自民、民主の代表も現地入りし、自民党福田総裁は、選挙の人気取りだけでガソリン税の切り下げを主張する民主党を非難する一方、民主党小沢代表は、長期政権の弊害を指摘し、国民の生活に目を向けた政治の必要性を説くなど、加熱したものとなりました。

選挙期間中、地方の活性化を訴える自民党とガソリン税や後期高齢者医療制度の廃止を訴える民主党との闘いは拮抗していたかにみえましたが、終盤での後期高齢者医療制度の不備が次々にメディアで取り上げられ露呈。自民党の敗北は、お年寄りにしわ寄せする制度への批判が有権者の間で急速に高まった結果といえます。高齢者の支持が多い自民党にとっては今後の政局運営を左右する大きな痛手となりました。

後期高齢者医療制度の実体について、理解している人はほとんどいないと考えた方が自然です。この制度は、新しく制定された高齢者医療確保法に基づく後期高齢者医療制度として、小泉政権時代の2006年6月に立法化されたもので、その施行が2008年4月1日から始まったものです。国会での批准後、制度の国民への周知徹底のための時間的猶予は2年近くあったはずでした。

■ 果たされない説明責任
田原総一郎さんは、BPnet mail 05/02朝刊の「なぜ自民は山口で惨敗したのか」の中で、後期高齢者医療制度の問題について、制度自体の良し悪し以前の問題として、この制度についての与党の説明責任の欠如が一番の問題であることを指摘しています。

そして、「本当にこの後期高齢者医療制度について書かれた自民党の説明書や厚生労働省の説明書などを読んでも、何を言わんとしているのか、何のためにやるのか、さっぱり分からなかった。何でこんなに分かりにくいのか。」と疑問を投げかけ、元大蔵官僚の榊原英資さんの現役時代の話を披露し、「『官僚の書く文章は、暗号だ。国民にはさっぱり分からないように書くのが官僚の文章なのだ。だいたい官僚の書くものは国民に理解されては困るものが大半なのだが、その中でも特に理解されて困るものは徹底的に分かりにくく書く。官僚仲間にだけわかる暗証番号がないと、その暗号は解けないのだ』。つまり、わざと分かりにくく書いてあるから分からないというのだ。」と官僚の作成する文章が説明責任を果たすことからほど遠いことを批判しています。

私も2001年に日本でのBSE問題に関わったことがあります。農水省のプレス向け資料を手にした時は、文章のあまりの難解さに愕然としたことがありました。当時の広報手法や広報体制についての問題点を指摘したことがありましたが、真の答えは田原さんの記事にある榊原さんの話のなかにあったのでしょうか。当時とはいえ、官僚が本当にそのような意識で行政に関わっているとしたらおぞましい限りです。こんな話はパブリック・リレーションズ以前の問題ですが、いずれにせよ日本の公的機関のシビル・サーバントとしての心構えや志が希薄なのには憂うべきものがあるといわざるを得ません。

山口の補選では、制度の適用を受ける多くの有権者が知らされないまま制度の発効を迎え、自らに降りかかって初めてことの重大さに声を上げ、投票行動に出たということになります。政権与党、自民党の敗北は、制度そのものに対する不満と共に、行政を把握できず、結果として説明責任を果たさなかったことへの有権者からの厳しい判定とみることができます。自らが掘った墓穴に落ち、民主党を利することになったのです。

そんな中で、ガソリン税の暫定税率を復活させる税制関連法案を与党が4月30日に衆院で再可決しました。

それにしてもこのところの政治は行なうことがチグハグして迷走状態。福田政権への支持率も20%を切りました。各種世論調査では、「衆議院を解散し、総選挙により民意を問うべき」とする声が高まっています。

パブリック・リレーションズは、明確な目標設定を行い、個人や組織体、国民や国家、地域や世界をよりよい方向へ導いていくための、関係構築(リレーションズ)活動です。混迷にあるときにこそ、倫理観双方向性コミュニケーション自己修正機能を持つパブリック・リレーションズが求められているのです。

5月3日は憲法記念日。国民の政治への関心は一段と高まっています。

投稿者 Inoue: 14:03 | トラックバック