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2007年09月28日

PRパーソンの心得 13 リーダーシップ

こんにちは井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?

9月25日の国会の首相指名選挙で自民党の福田康夫総裁が第91代の首相に選ばれ、日本の新しい政治リーダーが誕生しました。「安心と希望」を掲げた福田新首相。「国民のための政治が」行われるよう願うばかりです。

PRパーソンは、所属する組織やクライアントのトップなど、リーダーに助言を提供する役割を担っています。ですからPRパーソンが、リーダーシップとは何か、リーダーのあるべき姿とは何かを理解することはその役割遂行において重要なことです。

■ 不確実性を乗り越えられる人
『広辞苑』で「リーダーシップ」とは、「指導者としての地位または任務。指導権」「指導者としての資質・能力・力量・統率力」と記されています。国や時代によってあるべきリーダー像は変容していますが、今日のように急激な変化が日常化する時代にあっては、自ら変革の担い手となり、個人や組織を導くことのできるリーダーシップが渇望されます。

ハーバード・ビジネススクールの組織行動論の担当教授であるジョン・コッターは、変革型リーダーシップの特長として次の3つを挙げています。1)ビジョンの設定 2)ビジョン達成に必要なリソースのネットワーク構築 3)実行。これら3つの特長はPRのライフサイクル・モデルのプロセスと重っており、リーダーシップにとっていかにパブリック・リレーションズの手法が有効かが示されているといえます。

また、次世代リーダーの輩出に取り組むNPO法人ISLの理事長を務める野田智義氏はその自書『リーダーシップの旅』(2007年、光文社)の中で、変革を担うリーダーの本質とは、見えないものを見る力にあると説いています。つまり、誰も想像すらしないことを発想・予見し、それらを具現化する力にあるとしています。

このような未来に対する不確実性を乗り越えるために必要なものは何か。

これまでの私の経験から、以下の5つを挙げることができます。1)自分を見つめ受け入れること 2)自らの意思で大きなビジョンを描くこと 3)大局的な視点に立ち将来を予測する力 4)自己責任の下にリスクを取ることのできる勇敢さをもつこと、そして 5)失敗を糧とし果敢に挑戦し続けることができること。これらの特長には、以前このブログで紹介した『ビジョナリー・ピープル』の中に示されている、継続して成功している人たちの特性と類似していることが認められます。

つまり、自らをリードし主体的に行動することのできる自立した個のみが、未来に対する不確実性を乗り越えたビジョンの達成を可能とするということがいえます。

■ 「ノブレス・オブリージュ」の精神
一方、リーダー(所属する組織体のトップやクライアント企業のトップ)との関わりにおけるPRパーソンの役割は、トップと意識レベルを同じにして、彼らがリーダーとしての役割を果たせるよう戦略的にサポートすることにあります。

その際にPRパーソンは、ターゲットとの双方向性コミュニケーションを実現させ、倫理観に基づいた行動を促し、必要な修正を自ら行うことのできる環境を整え、スムーズな目的達成への土台づくりに心を砕かなければなりません。

PRパーソン自らがリーダーシップを発揮すべき時もあります。それは危機発生時。精神的に混乱したり落ち込んでいるトップに対してPRパーソンは、励ましの言葉はもちろん、専門家として問題解決のための適切な戦略と実施プランを速やかに提示し問題解決にあたらなければなりません。不祥事にあえぐ組織体トップに対して、一時的にはダメージを負うような情報をも開示し、事態を一刻も早く収拾し前進させるよう説得しなければなりません。

この場合とりわけ重要となるのは、危機的状況を切り抜けるため、客観的に物事を俯瞰する広い視点と、激しく変化する事態を静観し潮目を読みながら冷静に対処する能力。そして、もてる資源を有機的に統合しゴールへと導くリーダーシップです。

いまの時代は、変化を機会と捉え、リスクをとりながら前進しようとしなければ生き残りさえ難しい時代です。しかし最近のメディア報道を通して私たちが目にするのは、日本の政界や財界、教育の現場など至る所でリーダーシップの不在が散見されていることです。

それは、今の日本が「ノブレス・オブリージュ」(高貴な身分に生まれたものとして自覚すべき責務=選ばれた人の責務)の精神の欠如にあるのからかもしれません。

「ノブレス・オブリージュ」の精神は、選ばれた者として責任と役割を自覚して行動することにあります。鼻持ちならないエリート意識とは一線を画すもので、社会的使命を持つものが自覚すべき責務であり、リーダーに欠くことのできない覚醒された意識です。

PRパーソンは、所属する組織体やクライアントのトップに対する目的達成への戦略や道筋を提供する役割を担っています。PRパーソンがリーダーシップとは何かを理解して彼らに正しい道筋を示し続けることは、日本が変革していく上で重要なことなのです。

投稿者 Inoue: 18:39 | トラックバック

2007年09月21日

次期首相に願うこと

突然の安倍晋三首相の辞意表明。これを受け9月23日、次期首相を選ぶ自民党総裁選が行われます。

安倍内閣は、教育基本法改正、国民投票法、米軍再編法、国家公務員法改正など重要な法案をいくつも通しながら、発足直後から社会保険庁の不祥事や政治とカネ問題、閣僚のスキャンダルや失言などが相次いで発覚。長期政権とも目された安倍政権は、今の日本政治を象徴するような問題に翻弄されるかのように1年足らずで幕を閉じようとしています。

■ 具体的メッセージの欠如
任期中、表面化した社保庁問題や相次ぐ大臣辞任など、不運に見舞われたこともありますが、政策面における最大の敗因は、内閣として国の将来像を具体的に示せなかったことにあったのではないかと考えています。内閣には、国民の利益に資する政策を国民に分かりやすく説明し実施する責務があります。しかし安倍内閣は昨年9月の発足以来「美しい国づくり」という大儀を掲げながら、その具体的な方策については明示できませんでした。

美しい国とはどのような国を指すのか? 国民にとって、家族にとって、地域にとって、そして若者やお年寄りにとって、どのような国が美しい国なのか、それぞれの視点で具体的に語られることはありませんでした。

加えて、理解が困難な「戦後レジームからの脱却」の提唱によって、公共の精神、伝統や文化の尊重など観念的なメッセージばかり上滑りし、多くの国民は安倍政権の目指す具体的な国づくりのイメージを抱くことも共有することもできませんでした。

国民へ明確なイメージを伝え、それらを具体的な政策に反映させる。広報担当補佐官が新任されたにもかかわらずパブリック・リレーションズが機能しなかったことは残念としか言いようがありません。

また危機管理体制の不備により、不祥事がダメージを拡大させたことも大きな痛手となりました。閣僚の不祥事発覚時、首相は即座にこれら関係閣僚を辞任させ心機一転を図るといった、素早い対応をとりませんでした。相次ぐ閣僚辞任でこれ以上の辞任者を出したくないとする思惑があったかもしれませんが、国民が安倍内閣にどんな政治を求めているのかを理解していれば、即断実行しか選択肢はなかったはずです。民間企業であれば、相次ぐ役員の不祥事への対応の遅れは、即座に不買運動、株価暴落につながり企業崩壊は明白。ここでもパブリック・リレーションズが機能していませんでした。

年金問題で国中がゆれる中、与党自民党は7月の参院選で、「国民の生活が第一」を掲げた民主党に大敗しました。

■ 国民を幸せにする政治を
9月15日に出揃った自民党総裁候補は福田康夫元官房長官と麻生太郎幹事長。福田氏は「自立と共生の社会」を掲げ、「若い人が希望を持ち、お年寄りが安心できる社会」にしたいと強調しました。一方麻生氏は、「活力ある高齢化社会」を真っ先に挙げました。

誰が次期首相に選出されるにせよ、一国のリーダーにはどのような場合においても、「国民を幸せにする」という国民の視点に立った政治が求められています。

その上で、経済的には、国際競争力のある国力を強化するための技術力育成や企業の直接投資、優秀な人材の確保など、市場における競争力を重視した経済政策を推進。外交的には、環境問題や持続可能な世界経済の実現など国際的な役割を積極的に果たし、日本の存在感を示す。それらを実現するために、教育面においても、強い個を発揮できる思考力のある有能な人材育成のため、初等教育から高等教育まで教育内容の抜本的な見直しも考えなくてはなりません。

選出される次のリーダーには、これら全ての要素を統合して鳥瞰し、細部に注意を払いながらも、時には大胆な決断をし「国民を幸せにする政治」を推し進めていかなければなりません。日本社会はいまきわめて不安定な状態にあるといえます。

そのためには、常に多様な国民の視点を持つこと。そして様々な分野において具体的なメッセージや方策について自らの言葉ではっきりと国民に説明する努力をすること。そして、対称性の双方向性コミュニケーションで国民との対話を深め、良好な関係を構築・維持していかなければなりません。国家運営においてもパブリック・リレーションズ的なアプローチと実践が求められているといえます。
  
データ上では「景気回復」とこれまでの改革の成果が強調されていますが、地方ではその実感は乏しく、地方経済は一層疲弊しているように見えます。経済格差の拡大や社会の高齢化を受け、病気になっても治療を受けられないお年寄りなど弱者の救済をどうするのか、問題は山積しています。

日本が抱える深刻な問題。そして急速に進展するグローバル化に対応し日本再生を図るには、改革の手綱を緩めるわけにはいきません。

国民、そして世界にどのようなメッセージを発信し具現化していくのか。この不安定な時代にあって、国家運営の最高責任者は、浮ついたポピュリズムに陥ることなく日本の国益に利する政策を明確に打ち出し実施していく、強力なリーダーシップが熱望されています。

大正・昭和にかけて「憲政の神様」と呼ばれ、真の民主政治と世界平和の実現にその一生を捧げた清廉潔白な政治家尾崎行雄は、議会の本質を示すものとして以下のような言葉を残しています。
「一般人民から選ばれた代表が一堂に会して会議を開くのは、何のためであるか。いうまでもなく、それらの代表が、どうすることが最大多数の最大幸福であるか、どうすれば国家の安全と繁栄が期せられるかという立場にたって、思う存分に意見をたたかわし、これを緊張した各代表が、何者にも縛られない完全に自由な良心を持って、議案の是非善悪を判断した結果、多数の賛成を得た意見を取り上げて、民意を政治に反映させるためである。」

投稿者 Inoue: 21:08 | トラックバック

2007年09月15日

私の心に残る本10 『息子よ、ありがとう』

息子よ、ありがとう


こんにちわ井之上喬です。
皆さんいかがお過ごしですか?

先日ある本を手にとってふと、『千の風になって』を思いだしました。その素晴らしい言葉は『息子よ、ありがとう』という鄭 根謨さんが書いた本にありました。その本は次のような言葉で始まっています。

「私が死んでも涙を流さないでください。ただ祈ってください。私にとって、死は天国の学校に入学するのですから。」

著者の鄭 根謨(チョン・クンモ)さんと出会ったのは2年前。私の所属するある会が毎年8月、東京で開く国際親善会でのことです。鄭さんはそのなかの日韓友好懇談会に明知大学(ソウル)の総長として出席していました。今年も鄭さんはこの会合参加のために来日しました。初日の歓迎夕食会で、鄭さんはご自身が書かれた本の日本語訳が出版されたことを紹介しました。直筆で書かれたその本の題名は、『息子よ、ありがとう』(2007 イーグレープ)。

■ 天才の名をほしいままに
いつも穏やかな笑みをたたえる鄭さん。それまで大学で総長をしている鄭さんとしか理解していなかった私は、本を読むまで殆んど彼がどのような人なのか知りませんでした。
彼は母国韓国ではもちろん、世界的に著名な物理学者だったのです。本の前半は、彼の少年・青年時代が生き生きと描かれています。

1939年ソウル市に生まれた鄭さんは幼少の頃から神童とよばれ、中学、高校ともに首席で入学。高校を飛び級でわずか4カ月で終え、首席でパスした検定試験のあと、ソウル大学物理学科に次席で合格。同大学院の修士課程を修了後、60年には当時の李承晩大統領の肝いりで国家代表留学生として国費でミシガン州立大学に留学。入学資格試験で最高点をとり修士課程を経ずに直ちに博士課程。半年で終了し、62年に同大学で理学工学博士号を取得。博論のテーマは『分子構造を量子力学で解くことに関する研究』で、この論文は10年後の70年代の宇宙探索時代の「地球以外の惑星に水は存在したか」という問いに対する理論的ベースを提供するもとになったといいます。

その後24才の若さでフロリダ大学の助教授に就任。あまりの若さに地元メディアが「少年教授がフロリダで誕生」と一斉に報道。しかし研究への情熱が強かった鄭博士はその後、プリンストン大学やMITで核融合の研究に没頭します。67年ニューヨーク工科大学で准教授に迎えられ、核融合研究所を創設し責任者になります(後に教授となる)。

やがて鄭さんは、韓国の科学技術強化のための韓国科学院(理工系大学院)設立構想を実現させるために10年振りに帰国。71年、同科学院開設に伴い若干31才で副院長に就任。その後同国で当時最年少の大臣、科学技術庁長官に就任します。93年には高等技術研究員を創設するなど、韓国の科学技術の発展の基盤を築きました。

また国際舞台では、89年にIAEA(国際原子力機関)の総会議長に選出され、世界の科学技術担当の責任者を一同に集めた世界科学技術長官懇談会を開催。現在も大学総長の傍ら、韓国科学技術アカデミー委員長や世界原子力アカデミー会員などの要職につき、物理学の第一人者として国際的に活躍しています。

■ 自分の腎臓を愛する息子へ
「ある日、神は生きることに疲れはてた私の肩を軽く叩きながら言われた。『愛する子よ。小さな十字架を背負って行くお前の息子に感謝しなさい』」

数々の輝かしい経歴を持つ鄭根謨さん。順風満帆に見える彼の人生にも、様々な試練や困難が降りかかりました。小学6年生の時に母が他界。大学生のときには父を失うという悲劇に見舞われました。

しかし一番の苦難は、74年に慢性腎臓炎が判明した息子鎮厚くんとのことでした。難病のために80年にはご自身の左腎臓を息子に分け与えます。鎮厚くんは、父から移植された腎臓で一時的に健康を回復するものの、長い闘病生活を経て01年に36才でこの世を去ります。この本の後半はその四半世紀にわたる息子の闘病を通して、家族一人ひとりが苦難を乗り越え、成長していく姿が綴られています。

鄭さん一家は、クリスチャン家族です。家族一人ひとりが困難を神様からの恵みとして感謝し、試練を乗り越えるたびに神様への信仰を強めていきました。そのような経験を持つ鄭根謨さんは息子さんの死に向き合い、「鎮厚の死は『悲しみ』ではなく『恵み』何度と感じる瞬間だった。」と語っています。

この本のクライマックスは、父親である鄭さんが息子鎮厚くんの危篤の知らせを受け、ワシントンの病院に向かう飛行機の中で書かれた手紙です。息子の幼いときの話、不治の病にかかった息子とのやりとり、息子の結婚、信仰について…。家族のなかで起こったさまざまなことに思いを馳せながら書かれた鄭さんのことばと思いは私達を圧倒します。

「私が死んでも涙を流さないでください。ただ祈ってください。私にとって、死は天国の学校に入学するのですから。」息子の鎮厚くんは深い眠りにつきます。

息子鎮厚くんの葬儀にこんなシーンがあります。ワシントンでの葬儀に駆けつけてくれた彼の二人の親しい友人のことです。鄭さんは、この二人のアメリカ人の鄭さんへのお悔やみのことばの中で、二人とも同じように息子を不治の病で亡くしていたことを知ります。

この本を読み終わって、その題名「息子よ、ありがとう」は、息子の病と死をとおして、神をより深く知るようになった鄭さんの、ご子息への深い感謝のメッセージなのだと気づかされました。

いつも穏やかで謙遜に振る舞う鄭さんからは不思議なほど、このような体験をした悲壮感は感じられません。鄭根謨さんは何度も襲い来る試練を信仰というバックボーンを持つことで乗り越えてきました。彼の生き様は私達に、自分を委ねることができるバックボーンを持つことの意味を教えています。

254ページの本ですが、とても読みやすく編集され一気に読むことができます。皆さん是非一度手にしてみてはいかがでしょうか。

投稿者 Inoue: 11:52 | トラックバック

2007年09月08日

イノベーションの真の意味

こんにちは井之上喬です。
被災地に多くの傷跡を残した台風9号。皆さんお変わりありませんか?


先週、グローバルを視座に置いたイノベーションの創出で日本再生に取り組むプロジェクトについてお話しました。

その中である米国企業経営者が、日本の経営者と米国経営者のイノベーションについての取り組み姿勢の違いを語ったことを紹介しましたが、この言葉の中に日本再生のための一つのヒントが隠されていると考えています。

イノベーションとは何でしょうか。

■ イノベーション=リスクをとること
広辞苑を紐解くと、イノベーションとは、「生産技術の革新だけでなく、新商品の導入、新市場・新資源の開拓、新しい経営組織の実施などを含む概念」と出ています。つまり、イノベーションとは、既存のモノやシステムからの飛躍をはかり、 新技術や新しいアイデアを採り入れ社会的意義のある新たな価値を創造し、社会に大きな変革をもたらすことを指します。

この用語を初めて生み出したのは、オーストリア出身の経済学者 シュンペーター。彼は1911年出版の自著『経済発展の理論』の中で、景気循環の波を引き起こす要因としてイノベーションを中心概念に据え、波動を描く経済活動を理論化しました。その理論の中で、イノベーションの担い手を企業家(アントレプレナー:entrepreneur)と呼び、経営資源を全く新しく組み合わることで、新たなビジネス創造の主体としました。

前号でも紹介したように、イノベーションにはリスクが伴います。特に技術の場合、日本の組織体は革新的技術を積極的に取り入れ変革を起こすことに消極的です。自分たちに理解できる技術の開発には飛び込んでいくものの、その領域を超えた理解不能と思われる技術や手法の開発・導入には極めて保守的です。失敗しリスクを取ることを極端に恐れるからです。

日本は封建制度のもと何百年もの間「失敗を恥とし、切腹して命を持ってお詫びする」に象徴される思想文化が醸成されてきました。戦後、欧米文化が街に溢れる時代になっても、働き手は終身雇用のなかで多くの同期と競争し勝ち残り、数十年かけて頂上まで到達するシステムが主流を占めてきました。

そのため、人の評価は減点方式。その結果として、人は失敗を極端に恐れ、こじんまりとした個人ができ上がります。失敗を恐れる傾向は、いまや日本人のDNAの中に奥深く組み込まれ、受け継がれているのでしょうか。そんなことはないはずです。

■ 失敗が許される文化
OECDなどの統計によれば、日本は2003年、国民一人当たりのGDPは35,008ドルで世界一位にランクされるもののその後順位を下げ、2005年度は35,650ドルで14位まで下落。

国際労働機関(ILO)によると、2006年の1人当たり国内総生産(GDPは1990年価格)でみた労働生産性では、米国が首位。欧米先進国が上位を占めるなか、日本は16位。またスイスのIMD(国際経営開発研究所)が毎年発表する国際競争力ランキングでは、日本は91年までは首位を確保していましたが、昨年は16位、今年は24位と、急速に順位を落としています

また現在、国と地方を合わせた財政赤字の累積債務は1000兆円を超え、対名目GDP比は先進国の多くが対名目GDP比60%以下に対して、日本は約200%。深刻な不況に苦しんだ70年代の英国でさえ対名目GDP比の100%程度であったことを考えると事態は極めて深刻です。

これらのデータが示すものは日本の明らかな国力低下です。日本における現状を打破し競争力を発揮するシステムの構築が火急の問題であることは明白。

先週、日本再生のためのソリューションは、イノべーションを通して日本を国際舞台で高付加価値の技術やサービスを提供できる国として構築することであると述べました。日本のイノベーションの実現には、その中枢にパブリック・リレーションズを導入することが不可欠です。

短期的、中期的な視点からは、双方向のコミュニケーションを通して、真のイノベーションの意義や魅力を国民をはじめ、技術、経営、法制、財務などあらゆる分野における内外の有能な人材に広く認知させなければなりません。技術者とファンド、研究者と起業家といった新しい関係を構築し、優れた技術やサービスをいち早くビジネスモデル化するなど、パブリック・リレーションズの立場でビジネスを促進させることが可能です。

長期的には、リスクを恐れない「失敗が許される文化」の土壌を醸成すること。様々なレベルでの教育を通して自ら変革を起こすことのできる人材や組織文化を育てることなどをパブリック・リレーションズにより促進します。

シュンペーターが言うように、イノベーションの担い手となりリードしていくのが企(起)業家であるならば、企業や組織のトップに目的達成のために助言することを求められるPRの実務家は、イノベーションを実現させる重要な役割を担っているといえます。日本の再生に残された時間はないのです。

投稿者 Inoue: 13:28 | トラックバック

2007年09月02日

日本のイノベーションをアクセラレートする
 ?グローバリゼーションを視座に日本を再生

日本を国際舞台で高付加価値の技術やサービスを提供できる国として再生させなければならない。私は、日本再生への経済的道筋として、いつもこのように考えていました。

先日私は、グローバル・イノベーターズLLC(合同会社、Global Innovators LLC=以下GIL:仮称)の立ち上げのための会議に出席するために札幌に行きました。

北海道大学を会場にした2日間にわたる会議には、全国の主要大学(東大、京大、阪大など)からは知的財産責任者や特許管理(TLO)責任者、また多様なグローバル・ビジネスの経験者、ベンチャーファンドや証券会社のマネジャー、加えて知財専門の弁護士、税理士などの専門家に海外からの参加者を含め約40名が参加。イノベーションの持つ意味については次回のこのブログで触れますが、会議ではITを知財の中心に据え、GILの創設を日本再生への具体的な処方箋としてさまざまな話し合いが行なわれました。

LLC(合同会社)は昨年5月から施行された新会社法で設立可能となった新しい法人資格。従来の株式会社とくらべ合同会社は、出資者自らが業務執行を行うことが原則。したがって早い意思決定が可能。これに対し株式会社は、出資者である株主が取締役を選任し、取締役が業務執行を行うことを原則としています。

■ 推進役(アクセラレータ)はグローバル・ビジネスの専門家
GIL設立の目的は、日本経済の活性化のため、新しい技術や考え方を取り入れた新たな価値を生み出す事業をグローバルな視点で創出し、その事業を育成すること。

GILでは、新事業を効率的に展開させるため、アクセラレータ(仮称)と呼ばれる新事業の創出・育成を促進させる専門家集団を設置します。アクセラレータは、技術、経営、法制、財務、コミュニケーションなどあらゆる分野からの人材で、日本を拠点とする外資系企業のトップや日本でビジネスを大きく成功させたベンチャー・キャピタリスト、大学関係者なども含まれます。

GIL設立に尽力されているのは、現参議院議員の松田岩夫さん。小泉政権下で松田議員は、科学技術政策・IT担当大臣を務め、現在は、自由民主党知的財産戦略調査会会長をされています。

「どうして国が莫大な予算を付けても成功できないのか?」通産官僚出身である松田さんは、政治や行政にできることに限界を感じていました。先の問いを繰り返すうち行き着いた答えは、プロジェクトが成功しない理由は、グローバル・ビジネス経験を豊富に持つ民間人の関与が少ないのではないかということでした。

そして松田さんは大きな柱として、「世界に誇れる、高付加価値技術の保有国として日本を再生させること」、そして「世界市場に照準を合わせた効率的な事業展開のために、プロジェクトの推進役としてグローバル・ビジネスの経験者を起用すること」を打ち立て、GILの設立を考え推進しています。

■ 日本再生は地方の再生から
松田さんと私の出会いは、2カ月前。私をグローバル・ビジネスの経験者として、シリコンバレーでビジネス・コンサルタントやファンド運営をしている友人の紹介で私の経営するPR会社、井之上パブリックリレーションズを訪ねてくださった時のことです。

初対面でしたが、私たちの日本再生に関する考え方が一致するのに時間はかかりませんでした。回を重ねたミーティングは時には深夜にまで及び、互いに興奮気味に語り合いました。これまで私がお会いした政治家のなかでイノベーションをベースに包括的に日本再生を語った人は松田議員が初めてでした。

GILにおける具体的な活動は、グローバル事業を展開する視座に立ち、大学に眠る世界に通用する優れた技術やベンチャー企業を発掘・支援すること。この新しい試みには最適なビジネス・モデルが必要とされます。現在、松田さんの依頼で私もコア・メンバーの一人としてビジネス・モデルを構築中です。

日本は、グローバリゼーションの波の中で国際競争力をどう発揮・維持していくのか?国の再生には、プロジェクトが何千、何万と生まれ育たなければなりません。日本再生には、豊かな地方文化に育まれた、独自の技術や発想による地方発のプロジェクトの成功がなんとしても必要。地方の再生が鍵となります。

地方再生には地元の大学にとどまらず、自治体、地元高校でのカリキュラムの見直しなど地域を挙げて取り組まなければなりません。公共事業が減っていく中、地方自らが自立するためには、グローバルを意識した地方の国際化、そして異なった産業分野からの労働人口の移動にも積極的に取り組む必要があります。

そうした意味で、今回GIL設立に向けた会合が、札幌という地方都市で行われたことに意義を感じます。また会合に参加した人が、「日本再生」にかける熱い思いを共有し建設的に議論できたことは大きな収穫でした。

1980年初頭に、欧米先進国をお手本に近代工業社会で世界の頂点に立った日本経済はほんの少しの間、半導体や自動車などの経済的成功に酔いしれました。やがて羅針盤を失い、90年を境に長期間にわたり混迷を続けます。原因はどこにあったのでしょうか?

その答えは3年前の早稲田大学の授業にありました。シリコンバレーのファブレス半導体メーカーで顧客でもある、ザイリンクス社のウイム・ローレンツ会長兼CEOは日本経済が低迷を続ける04年、私の授業で学生に語っていたのです。

「日本の企業経営者は、イノベーションをよく口にするがイノベーションにはリスクが伴うことを理解していない」。シリコンバレーで、世界最大のファブレス(工場をもたない)半導体企業に仕立てた経営者が、熾烈な競争にさらされるなかで体得したその言葉は、日本の経営者に重大な警鐘を鳴らしていたのでした。

私は、80年代にインテル社やアップル社などの米国発ベンチャー企業のトップ・マネージメントやMITの科学者たちとさまざまな仕事をしました。その中で、彼らがパブリック・リレーションズを経営中枢に取り入れ、強くなっていく過程を目の当たりにしました。自らのメッセージを明確に伝え、イッシュ・マネージメントやリスク&クライシス・マネージメントなどをもパブリック・リレーションズの視点で戦略的に捉えていたのです。

その経験から、日本のイノベーションには、その中枢にパブリック・リレーションズを導入することが不可欠であると感じています。グローバル・イノベーターズLLCの事業発展にパブリック・リレーションズを導入し、数多くの成功プロジェクトを育てること。これが私の願いです。

投稿者 Inoue: 13:24 | トラックバック